ビジネスにも応用できる、ブッタと弟子の4つのストーリー

世の中どうにもしょうがないと思うこともあるのではないでしょうか。そんな問題を解決する手段の一つとして、ブッタとその弟子の物語を紹介しましょう。そんなふうに達観できたらと思う反面、何かヒントがつかめるかも!

  1. 怒りに怒りをぶつけない
  2. 無理をし過ぎない
  3. 行動の未来を考えてみる
  4. 「無視」は心を殺す

怒りに怒りをぶつけない

これは遊女のシリマーが嫉妬から、ウッタラーという女性修行僧に熱した油をかけようとしたときの話です。ウッタラーは熱した油をスプーンですくい近寄ってくるシリマーに次のように言い放ちます。

「あなたのおかげで、私はブッダを供養し、み(御)教えを聞くことができます。あなたは私の大恩人です。もし、私があなたを恨むなら、この油は私に火傷を負わせるでしょう。もしそうでなかったら、私に火傷させることはありますまい」(『ブッダとその弟子89の物語』菅沼晃 著/法藏館)

もちろんウッタラーは火傷を負うことはなかったのですが、ウッタラーはぶったりけったりして家から追い出そうとした仲間を止めて、きれいな水で身体を拭き、油を塗ってシリマーを慰めています。

この話は、「恨みには恨みを持って報いてはならない」という仏教の代表的な教えに基づいた話だそうです。

ビジネスでもいじわるをされればやり返したくなりますし、怒りを感じれば、その怒りを相手に返したくなることもあるでしょう。それができない場合には他に転嫁することもあるかもしれません。しかし「人は怒らないことによって怒りに打ち勝つべき」という教えもあるそうで、感情をぶつけ合わない解決法を探してみるのも、一つの方法ではないでしょうか。

怒りをコントロールするアンガーマネジメントでは、「売り言葉に買い言葉」のような反射的な怒りは、長くて6秒と教えています。怒りに怒りで返さないという方法を考えてみてはいかがでしょうか?

無理をし過ぎない

足の裏の皮が破れて血を出すほどに、修行熱心だった弟子ソーナにブッタは、次のように話しかけたそうです。

「ソーナよ、もしお前の琴(ヴィーナ)の絃を強く張り過ぎたら、よい音が出るだろうか」
「いいえ、ブッダよ」
「ソーナよ、もし、お前の琴の絃をゆるく張りすぎたら、よい音がでるだろうか」
「いいえ、ブッダよ」
「ソーナよ、おまえの琴の絃が強く張りすぎてもいず、ゆるすぎもしないとき、よい音がでるだろうか」
「はい。ブッダよ。その通りです」(『ブッダとその弟子89の物語』菅沼晃 著/法藏館)

出家後、激しい修行でも成果のあがらなかったソーナは、このブッタの言葉を聞いてから、「教えを楽しんですごした」そうです。自らを追い詰めるほどの頑張りは、必ずしもプラスに働かないということではないでしょうか。

余裕を失っている部下には、肩の力を抜くことや休息の時間を取ることを勧め、そうした環境を部下のために整えることも重要なことでしょう。

どれだけ忙しくても、仕事を楽しんでできる余裕を残せるか否かが、成果を上げられる道だとブッタは教えてくれているようです。

行動の未来を考えてみる

最も美しい遊女と評判だったシリマーが亡くなったとき、ブッタは火葬をしないようにと命じました。さらに遺体の腐敗が進んだころに町の人や修行僧を集めて、現在のシリマーに千金を払って一夜をともにしたいと思うものがあるのかをたずねたそうです。

この話は「不浄観」と呼ばれる修行に通じるものだそうです。「不浄観」は人が死体となって白骨化する様を想像して、煩悩を打ち消すものだそうです。

さすがに現代のビジネスパーソンが、「不浄観」からあらゆる煩悩を打ち消してしまったら、仕事自体に空しさを感じてしまうかもしれません。しかし衝動的に買いたいと思ったもの、あるいはダイエット中に食べたいと思ったお菓子、仕事をさぼって自宅に帰ろうと思ったときに、その結果を想像するのも悪くないかもしれません。

数回着て飽きてしまいタンスで邪魔者となるであろう服や、体重が増えた自分、締め切りに間に合わなくて青くなる自分を想像すれば、衝動的な「煩悩」を取り払うことができるかもしれません。

ぜひ、試してみてください。

「無視」は心を殺す

乱暴者のチャンナにブッダが命じた罰は「ブラフマダンダ」というもの。それは

「チャンナは自分の思ったことをなんでも言ってよいが、比丘たちはチャンナに話しかけてもいけないし、いましめても教えてもいけない」

という処罰でした。

わかりやすく言えば、無視をするということです。

この罰を言い渡されたチャンナは、「それは私を殺すのと同じではありませんか」と言って気絶。その後、心を入れ替えて熱心に修行に励んだようです。

ブッダの時代から無視は、人の心を殺すほどの力を持った罰だったのです。いじめなどで無視するといった話を聞くこともありますが、それは修行僧ですら気絶しって倒れるほどの苦痛だということを、知っておいた方がいいかもしれません。

もちろん無視といった行為への参加はやめた方がいいでしょうし、自分が無視されてしまったら、その集団とは違った集団と接点を持つべきでしょう。口をきかないだけと、軽く考えないようにしたいものですね。

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