2つの事件によって引きこもり傾向の人たちへの注目が高まっています。では、引きこもりの心理状況は、どのようになっているのでしょうか?専門家のインタビューや心理系の論文から説明します。
- 心配なのは事件ではなく餓死
- 家庭内暴力は起こしやすい
- 家族と他者は違う
- 他者からの評価に敏感
心配なのは事件ではなく餓死
川崎市の児童ら殺傷や練馬区の元事務次官などの事件が、中年の引きこもり傾向にある人たちに関連していたとして、世間に大きな衝撃を与えました。だからといって、すべての引きこもり傾向にある人が攻撃性を持っているというわけではありません。攻撃的どころか、外出することもままならない現実もあるからです。
(一社)日本産業カウンセラー協会の会員誌『JAICO』で、引きこもりの専門家でもある斎藤環・筑波大学教授にインタビューしたところ、引きこもりの人たちが親を失ったケースについて、次のように説明してくれました。
「彼らは社会に対して罪悪感を持っているので、あまり権利を主張しません。結果、おとなしく部屋にこもったままとなります。公共料金も払えないし、銀行にも役所にも行けません。水道・ガス・電気が止まった部屋での単身生活が続くでしょう。私はこれを『在宅ホームレス』と呼んでいます。その行く果てはハッキリしていて、孤独死・衰弱死です」
斎藤環教授によれば、すでに外に出られないまま餓死してしまう引きこもりの人も出てきているとのこと。これだけ食料が満ちている時代に、親を亡くした引きこもり人の餓死が頻発する可能性があるのです。
家庭内暴力は起こしやすい
では、引きこもりのひとたちに攻撃的な傾向が見られないのかというと、必ずしもそうではありません。
実際、引きこもりの事例の多くで、家庭内暴力がおきているからです。斎藤環教授が書いた『社会的ひきこもり:終わらない思春期』(PHP研究所)でも、自身の臨床経験から半数以上のひきもり事例で、家庭内暴力や暴力以外の家族への攻撃性が認められたと書いています。
では、引きこもりの人たちの攻撃性は、どういったものなのでしょうか?
その参考になりそうな論文が、『ひきこもり傾向を示す青年の心理的特徴 ―誇大型・過敏型の自己愛および攻撃性との関連―』(塚田光太郎・寺田るみ子)です。大学生429人を対象に、引きこもり傾向の学生がどのような心理にあるのかを調べたのです。
その結果、引きこもり傾向の人たちは、一般的な傾向の学生より「短気」であることがわかりました。
その原因について、この論文は次のように解説しています。
「日常生活での不全感や、周囲に馴染めないといった欲求不満な状況が、ひきこもり傾向を示す青年の『怒りやすさ』を高めているのかもしれない」
つまり日常生活での葛藤が強いので、カッとしやすいというわけです。
家族と他者は違う
ただし引きこもり傾向と「暴力」との関連性は見つからなかったのです。他者に暴力をふるう心理状況ではなかったというわけです。
ただ、そうすると家庭内暴力をどのように考えるのかという問題が持ち上がります。このような疑問に、論文はつぎのような推測を示していました。
「実際場面で他者によって自己愛が傷つけられたとしても、その場で相手に攻撃性を表出することは考えにくい。むしろ、そういった日常場面で溜め込んだ鬱積や怒りを解消するために、家族に向かって攻撃性が表出される可能性も考えられるだろう」
家庭内暴力の被害を受け、引きこもりの息子を手にかけた元事務次官は、「川崎のような事件を起こさないか不安だった」と供述しています。しかし家族への攻撃と他者への攻撃は、外に出るのが怖い引きこもり傾向の人たちにとっては大きな違いだったのかもしれません。
他者からの評価に敏感
先の論文では、引きこもりの人は、
「他者からの評価に過敏に反応し、恥を恐れて人前に出ることを避ける傾向である『過敏型』の自己愛傾向が高いことが明らかになった」
と書いています。
しかも過敏であるがゆえに、相手のちょっとした行動をマイナスに考える傾向があるらしいのです。
「ひきこもりになりやすい人は、相手と『対話する関係』を築きにくいため、『相手は嫌がらせをやっているにちがいない』『自分ばかり我慢させられている』といった思いが一方的になり悪循環に陥る」
論文はこのようにも書いていました。
一連の事件で引きこもりの人が事件を起こすかもしれないと考えてしまうのは、おそらく考えすぎなのかもしれません。むしろ親の高齢化にともなう餓死をどうするのか、といった問題への対処が急がれるのではないでしょうか。
斎藤環教授は引きこもりの人たちの社会復帰は、働くことだと述べています。自意識に苦しめられ、ときに自分がつくりだした疎外感と戦っている引きこもりの人に今一番必要なことは、彼らが働くための就労支援制度を充実させることなのかもしれません。
参考:『ひきこもり傾向を示す青年の心理的特徴 ―誇大型・過敏型の自己愛および攻撃性との関連―』(塚田光太郎・寺田るみ子)