可能性が閉ざされることが我慢できない。それは人の本能のようなものかもしれません。可能性を維持するためだけに、得られるはずの利益を放棄する行動について解説しましょう。
- いまの恋人はベストなのかという不安
- コンピュータで小銭を稼ぐゲームで人の本質が
- 可能性を消さないために賞金は15%減
- 価値のない扉は閉めるべき
いまの恋人はベストなのかという不安
私たちは溢れる可能性と、数多くの選択肢を望んでいます。
たとえば、行きつけの店ではいつものお気に入り料理しか食べなくても、気が変わったときのために違うメニューを店には置いてもらいたいですし、たまには違う店だって試したくなります。一通り試した後に、行きつけの店でいつもの定番メニューをほお張りながら、「やっぱりいつものが落ち着くよ」とつぶやくのです。
思い返してみれば、新しい店に挑戦した結果、驚くほど自分の口に合わない定食を食べた日もありました。でも、もっといい店を見つけるという可能性を維持するためには、仕方なかったとも思うのです。
以前、『林先生が驚く初耳学』というテレビ番組で、数学的に何人の相手を見送れば理想の結婚相手に出会えるのかという問題を数学的に解析しました。そして総数の37%を見送った後に、それ以前に一番良いと思っていた人を上回った人が理想の結婚相手の可能性が高いと結論付けました。
この問題自体は数学的なお遊びですが、この数学を成立させる心理には注目すべきでしょう。それは最高の相手を結婚したいけれど、どの時点が自分にとっての最高なのかわからないという想いです。もっとステキな人と出会うなら、今の相手で妥協したくない。よりよくなるかもしれない可能性を捨てきれない心理です。
コンピュータで小銭を稼ぐゲームで人の本質が
行動経済学のダン・アリエリー博士は、マサチューセッツ工科大学の学生を相手に面白い実験をしました。それはコンピュータ画面に映された部屋に入ってクリックをすることで小銭を稼ぐといったゲームでした。
最初、画面に現れるのは3つの扉。その扉をクリックしたら入室です。部屋でクリックすると部屋ごとに決まった賞金の価格帯からランダムに提示された小銭を得ることができます。
ただしクリックできる数は合計100回。また部屋移動するたびに1クリック消費する設定です。
つまり、より多く小銭を集めるためには、3つの扉を開けて順に試し、設定された価格帯の高そうな部屋でクリックし続ければいいわけです。『予想どおりに不合理』(ダン・アリエリー 著 早川書房)には、各部屋で数回クリックした後、他より高いと感じた部屋で100回のクリックを終える学生の姿が描かれていました。
可能性を消さないために賞金は15%減
しかし、このゲームにたった1つの修正を加えただけで、実験に協力した学生の獲得金額が15%も減少したというのです。それは扉を12回クリックしないで放っておくと、少しずつ小さくなって消えてしまうような設定変更でした。
この変更によって、学生は消えそうな扉をムダにクリックし、3つの扉を維持することに力を注いだそうです。
この行動のポイントは、部屋の賞金の「価格帯」が決まっていることです。つまり4セントから15セントの範囲で賞金が出ることもあれば、10セントから30セントの間で賞金が出ることもあるのです。
つまり、最初の部屋で10セント、12セント、13セントを得て、次の部屋が10セント、11セント、10セントという金額でも、最初の部屋の価格帯が次の部屋の価格帯より高額とも限らないのです。数回試した結果だけなら価格帯が低く見えるけれど、広く価格帯を設定していてたまたま高い価格が出てないかもしれない。
そんな可能性への期待が、扉を消滅させることを拒むのだそうです。
これは部屋を移るたびに、クリック数が減るだけではなく、すでに獲得した金額も減ってしまうように変更しても、学生は扉を維持することに熱中したというのです。すでに儲けたお金を消費しても、可能性を消したくなかったというわけです。
価値のない扉は閉めるべき
価値のない扉の維持は、実際の利益よりも魅惑的に映ることがある。それが、この実験から学べることです。
著者のダン・アリエリーは、「わたしたちに必要なのは、いくつかの扉を意図的に閉じることだ」と書いています。可能性(扉)を維持するために、本当に居続けるべき部屋から出て行くのは間違っているのでしょう。
あらゆる可能性を夢想できる時代だからこそ、本当に必要な扉が何かを考えることがより重要になってくるのかもしれません。
さて、あなたにとっても最も重要なのは何ですか?
家族? 友人? お金? 仕事?
これを機会にちょっと考えてみませんか。