ちょっとした不正は、ビジネスの場面でも見ることができるのではないでしょうか。交通費を少しだけ高い経路で精算したり、会社支給のペンを持ち帰ってしまったり。こうした不正を防止する方法について、面白い実験を紹介しましょう。
- 「十戒」を思い出すと不正をしない
- 倫理規定にサインするのも効果的
- 張り紙でトイレットペーパーは戻った
- 道徳的な呼びかけが行動を変える
「十戒」を思い出すと不正をしない
行動経済学の第一人者であるダン・アリエリーが書いた『予想通りに不合理』(早川書房)には、人間の心理や感情的な側面をベースに分析される経済学の面白いエピソードがたくさん紹介されています。その一つが、どんなときに人は正直でいるのかという実験です。
この実験では簡単な問題を解いてもらい、正当数に合わせてお金を払うようにします。ただし一つのグループは解答用紙を提出させ、2つめのグループは、この問題を解く前に高校時代に読んだ本を10冊思い出してもらい、それから問題を解いた後に解答用紙を持ち帰ってもらい、自分で採点させた後に正当数を報告させました。そして3つめのグループは、この問題を解く前に旧約聖書に載っているモーセの「十戒」を思い出すように指示し、問題を解いてもらった後に解答用紙を持ち帰ってもらって、自己採点の後に正当数を報告させたのです。つまり2つめと3つめのグループには、不正ができる環境をわざと用意したのです。
結果、ごまかしができない環境では、実験参加者の正当数は3.1問だったのに対して、高校時代に読んだ本を思い出してもらったグループは4.1問。一方、思い出す限りの十戒を書いてもらったグループは、ごまかしができないグループとほぼ同じ正当数だったことがわかりました。
しかもこの正直な回答は、十戒をすべて思い出せたかどうかとは関係なかったそうです。思い出そうとしただけで、ちょっとした不正を思いとどまることがわかったのです。
倫理規定にサインするのも効果的
この試験には十戒の代わりに、倫理規定の下に行われた試験であることを承知していると宣言する書類に署名する方法でも行われましたが、こちらも十戒を思い出したときと同じように、ほぼ不正がなかったことがわかっています。
つまり不正をしない宣言は、一見、何の意味もないように見えますが、不正を防止することについては、それなりの効果を発揮している可能性があるということでしょう。
実際のビジネスでこのような不正が起こらないようにするための方法として、ダン・アリエリーは金銭的利益と道徳基準が反するケースでは、人は簡単に道徳的な基準を破り、不誠実になってしまう「弱さ」を自覚すべきだと書いています。その上でルールをつくるべきとも述べています。
「この弱さに気づけば、はじめからそうした状況を避けるよう務めることができる。医師が金銭的な利益を得るような検査を指示するのを禁止することもできる。会計士や会計検査官が、同じ企業のコンサルタントの役を務めるのを禁止することもできる。議員が自分のたちの給料を決めるのを禁じることもできる」(『予想どおりに不合理』)
この本で主張していることの一つは、上記のように不正をする機会を与えないルールを作ることです。
張り紙でトイレットペーパーは戻った
ただしすべてを監視するようなビジネス環境は、必ずしもプラスに働くわけではないでしょう。一切の怠慢や不正がない代わりに誰も働きたがらないとなれば、結局、ビジネスは継続しないからです。
道徳的な問題は不正の監視ではなく解決していこうとする方法として、本書には面白い実例が書いてあります。それは一軒家をシェアしている人が、共有スペースからトイレットペーパーが持って行かれて困っているという話でした。この問題の解決法は、単にトイレからトイレットペーパーを持ち出して自分専用にしないようにお願いをする張り紙をしただけです。
その結果、未使用のトイレットペーパーが戻ってきたというのです。しかも張り紙をした2階のトイレだけ。残念ながら張り紙をしなかった1階のトイレには戻らなかったようですが、トイレットペーパーを戻そうという道徳心を起こさせるのに張り紙は十分な効果を発揮したようです。
道徳的な呼びかけが行動を変える
こうした張り紙が100%の効果を発揮することはないでしょう。しかしある程度の効果は期待できそうです。職場の共有の冷蔵庫から人の食べ物を持って行かない、会社支給の文房具を持ち帰られないなど、ちょっとした道徳的な呼びかけは人の行動を変える可能性があります。
ルール作りの段階で不正しにくい環境を整えるとともに、こうした道徳の喚起も不正の防止には役立ちそうです。ぜひ検討してみてください。