人手不足が話題になることも多く、内定者数の不足に企業が頭を悩ましている状況が続いていますが、じつは内定取り消しをする企業もあります。過去のちょっと不思議な内定取り消しの事例を調べてみました。
- 「清廉性」で内定を取り消せる?
- 取り消しには明確な理由が必要
- 「陰気な人だから」という取り消しは無効
「清廉性」で内定を取り消せる?
今春、大学や高校を卒業した人のデータは公表されていませんが、昨年の卒業生で内定を取り消されたのは、73人22事業所と厚生労働省は発表しています。高校生が29人・大学生が44人となっており、倒産や経営の悪化が原因の多くを占めました。また産業別では、情報通信が47人と圧倒的に多くなっています。
内定取り消しの理由が悪質と判断した企業については、厚労省も社名を発表するなど、国をあげて内定取り消しを防ぐ方針が取られています。
内定取り消しの騒動として、大きな話題になったのが2014年に起こったアナウンサー志望の学生の内定取り消しでしょう。東京地裁に地位確認請求の訴訟を起こし、その後、アナウンサーとして入社し活躍しているので知っている人も多いでしょう。
当時の訴状によれば、2013年9月に原告は他社への就職活動をしないことを約束して内定を得ます。ところが発声などの基礎研修を受けているさなか、人事担当者に母親の知り合いのクラブでアルバイトをした経験があることを伝え、14年5月に内定取り消しを通知されたそうです。
取り消しの通知書には、アナウンサーには高度の清廉性が求められることや、採用の過程でクラブでのアルバイト歴を記載しなかったことが虚偽の申告にあたるなどと書かれていました。
弁護士は、「クラブで働く人は清潔さに欠けるというのは独自の偏見」とコメント。一方、被告であるテレビ局の社長は、「経過を見ながら対応する。それ以上でも以下でもない。裁判で争っている案件なのでコメントは控えたい」と記者会見で述べていました。
当時、知り合いに頼まれてアルバイトしただけなのに、クラブで勤めていたのが「精錬性」に欠けるのかと話題になりました。
報道では「清廉性」を理由とした取り消しを、やや弱いと指摘するケースが多いようですが、過去の判例でアナウンサーを「人間的な温かさや信頼感」などを必要とする専門職だと認めたケースもあります。
結局、2014年12月に東京地裁が和解勧告し、翌年1月には和解が成立しました。ただ、裁判所に訴えた経緯について弁護士は、次のように語っています。
「なるべく円満に、内密に事前折衝をした」(『日刊スポーツ』2014年11月14日)
このとき裁判所が非公開で内定を認める仮処分をしても、会社側が従わない方針だったので訴えたということのようです。
取り消しには明確な理由が必要
簡単に法律的に解釈すれば、企業と内定者はある種の労働契約(始期付解約権留保付労働契約)が成立しています。つまり内定の取り消しは、法的には労働契約の解約であり解雇にあたるのです。ただし通常の雇用と違い、雇用主は労働契約の解約権、いわば内定を取り消す権利を持っています。とはいえ労働契約法16条の定める通り「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は、解雇(この場合は内定の取り消し)はできません。
では、どのような条件が揃えば、内定を取り消すことができるのでしょうか。一般的には、新卒者が成績不良で卒業が延期になったケース、業務に耐えられないほど健康状態が悪化したケース、重大な虚偽の申告が明らかになったケース、逮捕など社会的にも影響の大きい刑事処分を受けたケースなどがあげられます。
「陰気な人だから」という取り消しは無効
ちなみに1979年7月20日の最高裁判決では、「採用内定取り消し事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的で社会通念上相当として是認できるものに限られる」と、内定の取り消しに制限を加えています。
この裁判では、内定を取り消された理由が「グルーミー(陰気)な印象」だったため、内定取り消しを無効としました。
先にも述べたとおり、最近は内定の取り消しを許さない風潮が高まっています。2011年3月には福岡高裁が、内定を出す直前に内々定を取り消した不動産会社へ損害賠償を命じています。判決では、「内々定で労働契約は成立する」という原告の主張は退けたものの、内々定になった経緯の会社側の説明不足や内定予定日直前に取り消すなどの行為が信義則違反だとしました。
必死に就職活動をしている学生の努力をむげにしない裁判所の判決でした。