入社前のうつ病治療は労災認定に不利に働く?

2014年9月、東京地裁は就職前にうつ病を発症した経験のある女性の自殺について、労災を認めなかった八王子労働基準監督署の処分を取り消し労災と認定しました。

  1. 入社前の治療履歴が争点に
  2. 精神疾患の労災認定で重要な「特別な出来事」
  3. 弁護士は「画期的な判決」と評価
  4. 増え続ける精神障害の労災請求件数

入社前の治療履歴が争点に

この女性は大学卒業後の2005年、外食チェーン店にアルバイトで採用され、翌年8月末に正社員となりました。しかしその年の12月に自宅マンションから飛び降り亡くなったのです。

この裁判の争点の一つは、自殺の原因が外食チェーンの仕事にあったのかどうかでした。被告である国側は、入社3年前にうつ病で治療を受けていたことを理由に、「自殺の原因となった精神障害は、就職前に発症したものだ」と主張していました。

しかし、東京地裁は、「入社前にアルバイトをしていた時点で症状が消えていた」と指摘。そのうえで「安定して勤務をしていれば、就労前に精神疾患があっても労災認定の妨げにならない」との判断を示しました。

精神疾患の労災認定で重要な「特別な出来事」

厚生労働省は、業務以外で精神疾患を発症したケースについて、「『特別な出来事』に該当する出来事があり、その後おおむね6ヵ月以内に精神障害が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められる場合に限り」労災を認定すると定めています。

この「特別な出来事」とは、「生死にかかわる、極度の苦痛を伴う、または永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした」「業務に関連し、他人を死亡させ、または生死にかかわる重大なケガを負わせた」「発病直前の1ヵ月におおむね160時間を超えるような、またはこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働を行った」など、かなり心理的負荷の高い状況を指します。

東京地裁は、自殺した女性が就職した直後に店舗の責任者を任されたことやアルバイトの相次ぐ退職などを「心理的負荷の強い出来事」と認定。こうした出来事が複数重なることは、「『特別な出来事』に準ずる」との判断を下しました。

弁護士は「画期的な判決」と評価

この判決について原告の代理人は、「精神疾患を発症していた場合の労災認定の範囲を広げる画期的な判決」(『朝日新聞』2014年9月18日)とのコメントを発表しています。

厚労省の「精神障害の労災認定」には、「業務以外の心理的負荷により発病して治療が必要な状態にある精神障害が悪化した場合は、悪化する前に業務による心理的負荷があっても、直ちにそれが悪化の原因であるとは判断できません」と、仕事と関係ない精神障害が仕事で悪化したケースについて、かなり慎重な言い回しをしています。そのような方向性について、司法が一歩踏み出した判断を示したともいえるでしょう。

増え続ける精神障害の労災請求件数

2017年度の精神障害の労災請求件数は、1732件で、前年度比146件増と過去最多を記録しました。認定者も689人とこちらも過去最多となりました。また認定者のうち自殺と自殺未遂が98人もいたことが明らかになっています。

また、精神障害の労災請求では、20代が21%、30代が26%となっています。体力・気力とも充実している若年層の労災申請が50%に近い現実は、異常な事態だと警鐘を鳴らす専門家もいます。

2014年の通常国会では、50人以上が働く事業所で従業員のストレス検査を義務づける「改正労働安全衛生法」と、過労死や過労自殺防止するための「過労死等防止対策推進法」が成立しました。精神疾患になるような職場環境をどう改善していくのか、また精神疾患からの職場復帰をどう支えていくのかを、法律的側面からも考える時代となっているといえるでしょう。  

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