足の小指をタンスの角にぶつけたりすると、思わず「チクショー」と叫んで足の指を押さえて、うずくまったりしてしまいませんか?
考えてみれば、どうして「チクショー」と叫んでしまうのでしょう。別に「幸せだー」でも、「お願いだー」でも、いいような気がしますが、とっさに叫んでしまうのは、「くそー」とか「チクショー」といった、決して美しくない言葉の数々。
そんなちょっと不思議な痛みと言葉、脳の関係について説明していきましょう。
- 冷水に手を入れながら「丸い」「四角い」と言ってみる!?
- ののしることで身体が非常事態に突入
- 脳が痛みをつくり出してしまう場合も
冷水に手を入れながら「丸い」「四角い」と言ってみる!?
『ニューロリポート』に2009年に掲載された痛みと声に関する論文が、かなり面白いので紹介しましょう。
実験参加者に摂氏5度の水に手をつけてもらい、ののしりの言葉を一定のリズム、一定の声の大きさで繰り返してもらったのです。つまり、「クソ」とか「チクショー」とか「このやろう」とかを唱えてもらったという次第。
次に同じ参加者に椅子を形容する言葉を、一定のリズム、一定の声の大きさで繰り返してもらいました。つまり「四角い」とか「丸い」とか「フカフカ」とか、意味のない言葉を連呼したことになります。
その結果、痛みに耐えて水に手を入れていられる時間は、ののしりの時間の方が長かったのです。それどころか実験後の調査では、ののしりの言葉を連呼している方が、「椅子を形容する言葉」を発していたときより痛みが少ないことがわかったのです。
つまり、無意識に発しているののしりの言葉には、それなりの意味があったというわけです。多少、言葉が汚くても、ののしって初めて痛みが軽減するわけですから!
ののしることで身体が非常事態に突入
では、どうして「ののしる」ことで痛みが軽減するのでしょうか?
この実験を『脳がシビれる心理学』(実業之日本社)で取り上げた妹尾武治氏は、次のような仮説を唱えています。
「罵りの言葉を発すると、被験者は非常事態に入っていると無意識に感じる。するとカラダが戦闘モード、興奮モードに入る。戦闘や興奮時には痛みを感じることが大きく抑制されることが知られており、このモードに入ったことで一時的に痛みを忘れてしまったのではないか」
なんと不思議な人間の身体!
非常事態に対処できるように、さまざまな回路が脳に備わっているのです。
脳が痛みをつくり出してしまう場合も
さて、脳と痛みに関係について、別な話も触れておきましょう。
みなさん、幻肢痛をご存知ですか?
失ってしまった手や脚の痛みのことです。腕を失ったのに、腕が痛い。これは脳が腕や脚を失ったことに慣れないために起こると言われるものですが、治療が難しいことでも知られていました。
ところが国立研究開発法人 日本医療研究開発機構が、幻肢痛に有効な治療を開発したのです。使うのは「ブレイン・マシン・インターフェイス」(BMI)。脳と機械を直接つないで相互に作用させるシステムです。今回は手を動かす脳活動を測定し、その脳活動にそって動かすBMI義手を作りあげたのです。
すると幻肢(無くなった腕)を思い描いた脳活動に反応する義手を動かすと痛みが増すのに、正常な腕を動かす脳活動に反応するBMI義手を動かすと痛みが消えることがわかりました。
幻肢を動かそうとするから脳が痛みを感じてしまうのであり、幻肢を通常の腕のように動かす訓練をすると痛みもなくなるという結果でした。脳の中にある幻肢の運動の情報を減らせば、痛みを減るというのは画期的な発見だったようです。
声をあげるだけで痛みが消えたり、無くなった腕の記憶が痛みを呼び覚ましたりと、痛みと脳との関係は私たちが考える以上に複雑なようです。
声を出せば痛みが消えると聞くと、「何事も根性で!」と思ってしまう人もいるかもしれません。しかし脳が痛みを感じなくなるのは非常事態。あまり「気合い」で体感を無視すると、大きなしっぺ返しをくらう可能性が!
自分の体感にもしっかり耳を澄ましましょう。