行動が自然に変えていく「ナッジ」って?

新型ウイルスの感染予防として、改めて注目を集めている行動経済学の手法があります。それが「ナッジ」です。人々の行動を無理なく変えていく方法として知られている「ナッジ」を具体例とともに説明しましょう。

  • 学食の陳列を変えるだけで野菜を食べるように
  • 月払いと隔週払いだと、どっちの方が貯蓄に有利?
  • 新型コロナ対策にも有効

学食の陳列を変えるだけで野菜を食べるように

強制することなく、経済的な利益があるわけでもないのに、他人の行動を変えることができる。そんな手法があると聞くと、ちょっと気味悪く思うかもしれません。しかし「ナッジ」は自発的に望ましい行動を選択するように導く手法であり、じつはいろいろな形で社会に取り入れられています。

その有名な実例一つが、アムステルダム・スキポール空港の男性用のトイレでしょう。秘密は小便器に描かれた黒いハエのです。このハエマークがおかげで飛沫の汚れが80%も減ったと報告されているのです。

便器にハエが描いてあると、男性はついつい狙ってしまうといった「特性」を利用した設計です。猫の目の前でヒモを揺らすと飛びついてしまうのと同じようなものですが、誰にも強制されることなく、人はハエマークによって行動が変わったのです。

また学食の陳列を変えただけで、野菜の消費量が増えたという研究結果もあります。目線の高さに人参スティックを置くだけで、選ぶ学生が増えたからです。数多くの食品の消費量を、最大で25%も増減できたのというのですから、バカにできない効果です。

このとき変えたのは置いた場所だけ。メニューは変わっていませんし、野菜を食べるように強制したわけでもありません。しかし学生の行動を変えることに成功しました。

『実践 行動経済学』(チリャード・セイラー キャス・サスティーン 著/日経BP社)には、次のように書いてあります。

果物を目の高さに置くことはナッジであり、ジャンクフードを禁止することはナッジではない。

月払いと隔週払いだと、どっちの方が貯蓄に有利?

人は自由に選択しているように見えても、そもそも選択肢が与えられた時点で、無意識のうちにナッジが働いてしまうこともあるそうです。

例えば、従業員に月1回給与をもらうか隔週にするかを選択せると、隔週を選択した人は給与を3回もらえる月が年2回あるため貯金が増えるそうです。

ナッジを引き起こす人の心理特性はさまざま。思考や判断に特定の偏りを示す「バイアス」や、経験則に基づく判断「ヒューリスティック」なども、ナッジを引き起こすことが知られています。どちらも勘違いを生みやすい思考パターンなので、ナッジに使いやすいのです。例えばアンケートなどで大きな数字を答えさせると、購入金額が大きくなりがちといったことが起こるのです。


「バイアス」や「ヒューリスティック」に関するこちらの記事もおすすめです。

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また一緒に行動する人からの影響もナッジの一つです。

大学生の寮では、どの人と一緒の部屋になるかで成績が変わりますし、親友が太ると自分も太るリスクが高まることも証明されています。

視覚の変化でナッジされることもあるそうです。

米国のシカゴでは、危険なカーブの入り口に制限速度を下げる標識を置き、路面を横断するように線を引きます。危険な場所に近づくにつれてこの白線の間隔を短くして、ドライバーの速度を落とすことに成功しています。最初、等間隔だったラインの間隔が短くなることで、スピード上がっているとドライバーが錯覚してしまうからです。

新型コロナ対策にも有効

ナッジ「nudge」は、「肘で軽く突いたりすること」。つまり優しく注意を喚起するというような意味合いを含んだ行動変容の手法です。

このナッジに着目した手のアルコール消毒の効果に、最近、注目が集まっているようです。

例えば消毒を促す看板を目立つように置いたり、多くの人が邪魔だと感じる廊下の真ん中に消毒の機材を置いたり、消毒する場所への導線を廊下に記すだけで、消毒をする人が自然に増えていくのです。

また「となりの人は石鹸で手を洗っていますか」というポスターによって他人の目を意識させて、石鹸での手洗いを増やすという試みも行われているようです。

ナッジのポイントは、誰からも何も強制されていないことです。自然に行動を変えていければ、衛生観念を変えるよう教育しなくても、感染予防が自然にできるようになります。ある程度の期間、行動を変えることが必要な感染予防対策には、非常に役立つ手法ではないでしょうか。

当然ながらマーケティングの分野でもナッジは活用されており、自分でも意識しないうちに誘導されていることもあるわけです。そうした意味からもナッジについては、知識を持っていた方がいいのかもしれませんね。

人の行動を変える心理学に興味のある方や学んでみたい方は、こちらをご覧ください。

参考:『実践 行動経済学』(チリャード・セイラー キャス・サスティーン 著/日経BP社)/How behavioural science could help us stop coronavirus(Prospect)

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