東京オリンピック・パラリンピックの開会式で楽曲の担当だった小山田圭吾氏が、過去のいじめ問題で辞任しました。この問題を心理学的に考えると、どのように解釈できるのでしょうか?関連の文献を調べてみました。
「悪」がもたらす優越感
東京オリンピック・パラリンピックの開幕直前の辞任は、各種報道でも大きく報じられました。障がい者などを対象とした過去のいじめは残忍で同情の余地がなく、辞任も当然でしょう。
ただやや疑問に感じる点が2つあります。一つは、『ロッキング・オン・ジャパン』(1994年1月)、『Quick Japan 第3号』(95年8月)、『月刊カドカワ』(1991年9月)などの雑誌で、どうしていじめを何度も語ったのかということ、そしてもう一つは一部で有名な話だったのに、どうして誰も起用を止めなかったのという点です。
当時は「鬼畜系」と呼ばれた反社会的でショッキングな内容が、サブカルの周辺でもてはやされたという背景はあったようです。しかし当時を知るクリエイターからも小山田氏の告白が批判されているので、「そんな時代だった」から雑誌で語ったと推測するのは無理がありそうです。
こうした行動を理解する一助になりそうなのが、思春期の心理ではないでしょうか。
聖学院大学の藤掛明 特任教授は、自身のブログで思春期の子どもが「悪」に憧れる心理を、次のように説明しています。
「悪の世界に身を置くことで、大人ぶることができ、そこでは、同世代の真面目な若者たちが絶対にまねをすることができない優越感を感じることができるからである」
「他人に怖がられたり、煙たがられたりするような経験でさえ、特別な強い自分を味わえる機会になるのである」
小山田氏の悪事が当人にとっての「優越感」につながっているなら、上記のような心理もあるのかもしれません。
強い仲間意識が作用した!?
では、彼がオリンピックの楽曲担当に就任した理由は、どう考えればいいでしょうか?
小山田氏の就任について、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の武藤敏郎事務総長は、次のように語っています。
「(佐々木宏氏が辞任後)必要な人たちが次々と仲間として誘われ、発表をしたときには20名あまりのグループが形成されていた」(ABEMA NEWS)
そして、このような形での就任になった理由は、「やはり気心のわかった人たちでやらないと計画が進まない」からだとも語っています。
実際、仲間意識は強かったようです。
『日刊スポーツ』(2021年7月20日)は、「映像チームのトップ級メンバーが『小山田さんを降ろすなら、我々も降りる』と辞任の構えを見せ、他のメンバーも後に続いた。開会式が成り立たなくなることを恐れた組織委は一転、小山田氏続投の方針を固めたという」とも報じています。
この報道が事実であれば、少なくとも「仲間内」では許されると考えていたことになりそうです。
深刻にとらえていなかった?
近年「犯罪自慢」として有名になったのが、「バイトテロ」と呼ばれる行為です。食品の冷凍ケースなどに入った写真などをアルバイトがSNSに投稿。それが炎上するといった事件です。
北陸学院大学の池村努教授は、自身の論文で「バイトテロ」をする若者の心理について、次のように分析しています。
「若者達は仲間内での『仲良し関係』の延長線上にこの問題の原因があるのではないか」
「ほとんどの者が『これほど大ごとになると思わなかった』という感想を述べている」
人によっては書類送検された行為であっても、当人たちは「悪ふざけ」ととらえていたという分析です。仲間内で通じる犯罪の「基準」のひどさに、外部からの批判で初めて気が付くという図式です。
また静岡産業大学の平野美沙子氏は、集団心理からいじめを考えたとき、「集団に埋没することで、個人としての責任は希薄化されたような感覚に陥り」がちだと指摘しています。
さらに集団で物事を判断すると、リスキーシフトと呼ばれる傾向が表れやすくなるとも書いています。
「集団として思考すればするほど『力』を持ったかのように錯覚し、『我々は絶対に負けることはない』といった根拠のない自信をもたらし、よりリスクの高い危険な選択」
をしやすくなるというのです。
仲間内では「悪ふざけ」という感覚を持ち、さらに集団としてまとまっていく中で責任もあいまいになっていった。そんな心理が小山田氏の周りで働いていたのかもしれません。
その感覚が間違っていたと理解するのに時間が必要だったからこそ、問題発覚から辞任までにタイムラグが生じたのでしょう。
この問題は多様な要素が含まれているので、その心理を単純に説明することは難しいでしょう。そこで今回の行動を理解する助けになりそうな心理的解釈をまとめてみました。
行動を理解する足掛かりになる心理学の知識に興味のある方は、こちらもご覧ください。
監修:日本産業カウンセラー協会
参考:『いじめを考える心理学 ―いじめの深刻化を防ぐために―』(平野美沙子)/『若者のSNS利用傾向と問題点に対する対策の提案』(池村務)/「悪への憧れと危うさ~非行カウンセリング」(おふぃす・ふじかけ〈blog〉/藤掛明)