ついに社長の謝罪会見にまで発展した吉本興業の反社会的勢力のパーティー出席問題。双方の言い分に違いはあるものの、企業のコンプライアンスに問題があることはわかりました。そうした問題の根源を探ります。
- パワハラは冗談だった?
- 吉本興業はどんな組織風土なのか
- まっちゃんだから解決にむかった?
- 不祥事は起きやすい?
パワハラは冗談だった?
連日、大きな話題にとなっているのが吉本興業の問題です。
ここ数日の大まかな状況だけお伝えすると、7月19日に反社会的勢力のパーティーに参加した問題で宮迫博之氏が契約解消を通知されました。それを受けて7月20日に宮迫氏と田村亮氏が独自に記者会見を開き、会社側への批判が大きくなります。そうした状況でダウンタウンの松本人志氏がフジテレビ系の生放送で会社側の問題を語り、社長などと会談したこと、記者会見を開くように話し合ったことなども報告しました。さらに7月22日には、岡本昭彦社長の記者会見となり、宮迫氏の契約解消の撤回となったのです。
宮迫・田村両氏が記者会見で語った内容と岡本社長が語った内容は、やや違っているようです。吉本興業の社内状況を、社会心理学的に考えるために必要な部分をピックアップしてみましょう。
・6月8日にギャラをもらっていたことが判明したのに、6月24日まで発表しなかった件
→「静観しましょう」と、事実上の隠蔽を会社側に指示された(宮迫・田村両氏)
→ウソによって「当初とまったく違うことになり慌てた」と説明。「幕引きはしっかり事実確認してからということになっていた。隠蔽するという感覚はなかった」(藤原寛副社長)
・記者会見を望む田村氏へのパワハラが疑われる件
→記者会見を望むも社長から「お前らテープまわしてないやろな?」と凄まれ、さらに「お前辞めて一人で会見したらええわ。やってもええけど、ほんなら、全員連帯責任でくびにするからな」と言われた(宮迫氏)
→「冗談で『テープ録ってるんちゃうの?』と。はい。まったく受け入れられず、まったく笑われることもなく」と語り、自分自身ではパワハラとは思っていなかったと釈明(岡本社長)
会社側の主張にやや批判が集まっているようですが、実際にどちらが正しいのかはわかりません。ただ、こうした問題の起きる土壌が、会社にあったと言えるのではないでしょうか。
吉本興業はどんな組織風土なのか
その手がかりは、2つの記者会見の中にいくつもあります。
田村氏は会社から「ファミリー」と言われたことを明かしています。また岡本社長はパワハラについての質問に「身内の意識であったので。家の中で怒っている感覚しかなかった」と語っています。
じつは社会心理学では、組織の不祥事についても研究が進んでいます。その分野の第一人者であり、さまざまな企業の不祥事の対策を手掛け、政府の事故調査委員なども努めた東洋英和女学院大学の岡本浩一教授は、『属人思考の心理学』(新曜社)で、次のように指摘しています。
「不祥事が起こるたびに組織風土の改善がいわれるが、現実には、どこをどのように改善すべきかという具体的な策が明確にされていない。そのような実情に対し、本書では『組織風土の属人思考度を下げるべきだ』という具体的な提案を投げかけたい」
この属人思考をごくごく簡単に説明すると、「事柄」に注目するのではなく、「人」で判断する組織を指します。結果★「集団的思考や意思決定において属人思考が強い組織では、対人関係が過度に濃密となり、意見の賛成・反対が対人関係の正負と混同される傾向が生じ、事柄を事柄として冷静に見ようという姿勢が失われる傾向が生じる」のです。
さらに属人思考が強い組織では、「上層部が不適切な同調や服従を下に強い、関連情報の隠蔽を謀り、不適切な箝口令(かんこうれい)を布こうとしやすい」とも述べています。
まっちゃんだから解決にむかった?
「事実」より「人」に注目してしまうからこそ不祥事が起きやすいということは、多くの人が経験しているのではないでしょうか。例えば「あの部長が言うなら仕方ないな」といったような状況です。誰かが問題を起こしたとしても、何が正しいのかではなく、誰が何を決定したかの方が重要になってしまうようなケースです。
「ファミリー」や「身内」という言葉は、濃密な人間関係を表現しています。特に会社も芸人も「ファミリー」だと会社側が表現したのは、田村氏が記者会見で事実を公表したいと望み、そのために弁護士を立てたことを会社側が不快感を示す言葉として使われています。「家族で弁護士を雇うなんて水くさい」。そんなニュアンスでしょうか。
この言葉は事実への対処と人間関係を、同じ土俵に上げています。
さらに会社側が態度を軟化させた要員の一つである松本氏と会社側の話し合いも、岡本社長が元マネジャーという関係性がある彼だからこそ成立したものでしょう。その結果、翌日の緊急記者会見が成立したとも思えるのです。
誰が上層部に話しに行ったのかがポイントだったというわけです。
また松本氏自身も仲裁に入るとともに、テレビ番組内では、万が一大崎洋会長が退社したら「ぼくは辞める。ぼくの兄貴なんで」とも発言しています。
こうした濃密な関係性は、書面での契約を結ばないという雇用形態にも表れているでしょう。ビジネスライクではなく、人間関係で仕事が成立している状況です。
不祥事は起きやすい?
もちろん芸能事務所という特殊な業態が、通常の会社組織に馴染むかどうかはわかりません。会社に所属している人の「ファミリー」だという感覚が、芸能事務所ではプラスに働く可能性も否定はできないからです。
ただ、不祥事が起きる可能性に限って言えば、今回の事の発端から解決に向かう道筋のあらゆる場面に顔を出した「属人思考」が影響するかもしれません。
内部に居れば、ときに心地よいと感じられるかもしれない属人思考の組織ですが、コンプライアンスが求められる時代とはマッチしていないのではないでしょうか。読者の方の所属する組織に「属人思考」を感じたら、『属人思考の心理学』(岡本浩一 著/新曜社)の一読をお勧めします。
参考: 『属人思考の心理学』(岡本浩一 著/新曜社)