地図を見ても目的地までたどり着けない人でも、何度も行ったことのある場所なら脳に地図ができあがっているので迷うこともありません。そんな脳の機能を強化するポイントを紹介します。
- 地図アプリは便利だけれど、頼りすぎには要注意
- あなたの頭の中には「認知地図」がある
- ロンドン・タクシー運転手が持つ脳の秘密
- どうすれば海馬を鍛えられるの?
- 軽めの運動で地図アプリなしでも平気な生活を
地図アプリは便利だけれど、頼りすぎには要注意
スマートフォンに入っている「Google マップ」をはじめとした地図アプリ。とても便利なアプリなので、目的地までの道順を調べるために利用したことがあるという人も多いのではないでしょうか。
紙の地図であらかじめ調べておかなくとも、目的地の名前で検索すればただちに道順を表示してくれますし、GPS機能によって現在地を把握できるので、仮に道を間違えてしまったとしても正しい道へもどる道順をあらためて教えてくれます。方向音痴の人にも安心なアプリといえるでしょう。
けれども便利だからといって頼りすぎていると、何らかの原因でアプリが使えなくなったときに困ってしまうのではないでしょうか。電波状態の悪い場所にいるとき、スマートフォンの充電が切れてしまったとき、あるいは大きな災害が発生したときなどなど。アプリの力を借りずに移動しなければならない場面に、いつ遭遇するかわかりません。
あなたの頭の中には「認知地図」がある
知らない場所に行くときには迷ってしまう人でも、普段の生活範囲では迷わずに職場や家などへたどり着くことができているはず。なぜそれが可能かというと、あなたの頭の中に「認知地図」と呼ばれるものが構成されているからです。
訪れた場所の視覚情報などが「認知地図」として脳に記憶されているのであれば、その記憶を充実させることで、地図アプリの助けを借りなくとも目的地へ迷わず移動できるようになるかもしれません。
もちろん地図アプリを使うのは、初めて行く場所の場合も多いでしょう。しかしラットを使った迷路実験では、経路を変えても餌への最短距離のルートを選ぶ事が多いことから、認知地図がしっかり作られることで推測できる能力も上がり、迷いにくくなる可能性が指摘されています。
ロンドン・タクシー運転手が持つ脳の秘密
実際、世の中には脳内の「認知地図」をフル回転させて働いている人々がいます。イギリスの首都・ロンドンでブラックキャブと呼ばれ親しまれているロンドン・タクシーの運転手は、運転手として認定されるためにロンドンにある約2万5000もの通りの名前や観光名所・施設などの場所をすべて覚えることが求められるという過酷な職業です。運転手を目指す人は、そのために何年も自転車やバイクでロンドン市内を駆け回って場所を覚えるというトレーニングを積み重ね、厳しい試験をパスしてやっとブラックキャブへの乗車が許されます。
カーナビを使わない彼らの頭の中には、まさに膨大な場所に関する記憶、「認知地図」があるのです。
そんなタクシー運転手の脳について、2000年に発表された興味深い研究があります。イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのエレノア・マグワイア博士が16人のタクシー運転手の脳をMRIで検査したところ、一般の人々と比較して海馬(大脳辺縁系の一部)の体積が大きくなっていることがわかりました。また勤務経験が40年という運転手は、勤務経験の短い運転手よりも海馬の体積が大きかったそうです。
このことから、海馬が場所の記憶に対して大きな役割を果たしていること、そしてたくさん使って鍛えることによって海馬は発達する可能性を持っているということがわかります。
どうすれば海馬を鍛えられるの?
そうはいっても、みんながロンドン・タクシーの運転手のようなトレーニングと実務経験を積むというのは現実的ではありません。ほかに、海馬を発達させるための良い方法はないのでしょうか。
筑波大の征矢英昭(そや ひであき)教授を中心とした研究グループが2012年に発表したレポートによると、ストレスを伴わない低強度の運動が海馬の神経新生(神経幹細胞から神経細胞が分化・成長する現象)を促すのだそうです。
また、ジョン J.レイティ博士らの著書「脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方」でも、運動が神経新生を助けることや、ランニングマシンやエアロバイクで数十分間の運動を行ったあとが「鋭い思考と複雑な分析を要する課題に取り組む絶好のチャンス」であると書かれています。
さすがに神経新生を促す運動を見つけることはできなかったのですが、同書には脳を活性化させるための運動も紹介しています。それが
「10分ほど有酸素運動でウォーミングアップをしたのちにロッククライミングやバランスの訓練など酸素消費量が少なく技能を必要とする運動」
です。ジョギングのような有酸素運動に、ヨガのポーズやピラティスの姿勢、空手の型といったものの練習をあわせると、より脳が刺激されるということでしょう。
軽めの運動で地図アプリなしでも平気な生活を
ジョン J.レイティ博士らの著書では、
「30分のジョギングを週にほんの2、3回、それを12週間つづける」ことで脳の機能が向上した
という研究報告も紹介されていました。趣味の一環として無理なくつづけられそうな範囲で、ジョギングやヨガなどの運動を生活に取り入れてみてはいかがでしょうか? 突然スマートフォンが使えない事態になっても動じない「認知地図」を手に入れられるかもしれません。
【追加参考資料】
『心理学ビジュアル百科』(越智啓太 著/創元社)