ファッションにはいくらでもお金を使うのに、食事はとことん出費を削っている人っていますよね。それは商品に対する「心理的財布」が違うからなのです。お金を出す価値観について解説します。
- 同じく1万円が無くなったのに?
- どの財布から1万円は出たのか?
- ヨットが最もお金を使いにくい
- 学生と社会人で異なる「痛さ」
同じく1万円が無くなったのに?
まず質問です。
A「あなたはある演劇を見ようと思い立った。チケットの代金は1万円。だが当日、劇場の窓口でお金を出そうと思ったら、財布から1万円札が1枚なくなっていることに気づいた。さて、あなたはそれでもさらに1万円を出してチケットを購入するだろうか?」
B「あなたはある演劇を見ようと思い立った。チケットの代金は1万円で、事前に入手しておいた。だが当日、劇場についたら持ってきたはずのチケットがなくなっていることに気づいた。さて、あなたは手持ちの1万円を出して新たにチケットを購入し直すだろうか?
さて、この2つの問題で、Aに「購入する」と答えたのに、Bは「購入しない」と答えた人はいますか?
ダニエル・カーネマンとトベルスキーの実験によれば、Aに対して「購入する」と答えた人は88%。ところがBで「購入する」と答えた人は46%と、ほぼ半分に減ってしまうのです。
どうして同じように1万円が減っているのに、消費するときと、しないときに分かれるのでしょうか。
どの財布から1万円は出たのか?
この現象を理解するには、「心理的財布」という概念を知る必要があります。「心理的財布」とは、購入する商品に応じて架空の財布を持っている考え方です。
先ほどの例で言えば、財布から無くなっていた1万円は、まだ何を買うか決まっていなかったものです。一方、Bの場合は「演劇」という財布に割り振られた後の紛失なので、チケットを購入すれば「演劇」という財布から2万円を出すことになってしまい、躊躇する人も出てくるというわけです。
つまり実際にどれだけお金を使うのかは、「心理的財布」によって決まっているということなのです。そのためこの商品なら1万円使えるけれど、別の商品には1万円は使えないという判断が生まれ、それは人の価値観によって変わってくるのです。
ヨットが最もお金を使いにくい
滋賀大学の神山進教授が書いた「『心理的財布』を指標にした消費者の価値変遷」という論文によれば、「心理的財布」によってお金を使うときに「痛い」と感じる度合いが変わってくるそうです。
そしてアンケート調査によって、あらゆる商品の中で人がお金を使うのときに「痛い」と感じるのは、「ヨット」だと判明したそうです。この結果について、「商品購入のための投資金額と効用価値を考慮しても、使用頻度の少なさや、維持費、乗るための技術習得など、よほどヨット好きでなければ『痛い』と感じて当然だろう」と書いています。
学生と社会人で異なる「痛さ」
また商品によっては、「痛さ」に男女差があることも指摘しています。
「オートバイ」は女性では5番目に「痛い」商品なのに、男性では23番目。性差の出やすい商品だと結論づけています。
また「新聞代」や「カラオケBOX」は学生と社会人で、「痛さ」が大きく異なっていることがわかりました。ただしこの論文は、2008年に発表されたので、この実験当時よりもさらに状況は変わり、今では「新聞代」を痛いと感じる社会人は増えているのではないでしょうか。
「心理的財布」における消費金額の差は、ときに驚くほどの価値の差を生み出します。マンガや芸術など趣味の高額商品は、それを認める「心理的財布」を持ち、紐が緩くなければとても支払えるものではないでしょう。
逆に言えば日常的な商品であっても、消費者の「心理的財布」の種類を変えさせることで使える金額が変わってくるのです。1斤1000円を超える高級食パンが流行ったことがありましたが、それは日常品という財布から「お祝い」とか「趣味の食事」といった財布に変化したことによって、人々が購入したといえそうです。
ビジネスなどで自分が販売している商品が、消費者のどのような財布からお金を出してもらっているのかを考えるのも意義があるかもしれませんね。
参考
『本当は怖い59の心理実験』(おもしろ心理学会 編/青春出版社)