新型コロナウイルスが及ぼす心理的影響について調べると、東日本大震災の研究論文に行き着くことが少なくありません。しかし両者に決定的な違いがあり、それが今後の危機につながる可能性があることがわかりました。
- 震災は善意を引き出した
- 地域としての回復力も取り戻す
- ネットでつながる
- 高齢者には電話しよう!
震災は善意を引き出した
今から9年前の3月13日。東日本大震災によって起きた原発事故の影響などもあり、多くの国民が不安な時間を過ごしていました。その一方、被災地ではさまざまな「絆」が生まれてもいたのです。
福島県で震災直後の様子を取材したとき、「余震が怖くて家に居られなくて外に出たら、近所の人が焚火を囲んで集まっていた。その輪に入って話したら何だかホッとした」といった話をいろんな地域で聴きました。またその後、全国からボランティアの人たちが集い、被災地を助けようと額に汗して働く光景が、いたるところで見られたのです。
このように災害後に人々の善意が刺激され、精神的な高揚ともに理想郷が出現することを、米国人のレベッカ・ソルニットは「災害ユートピア」と呼びました。経済格差など社会的な分断を超えて現れる「災害ユートピア」は、危機を前に人が集うことから生まれました。それこそ焚火を囲んでポツリポツリと現状を話し合う場や、ボランティアの人たちが被災地の人々と一緒にがれきを撤去する場から生まれたのです。
しかし今回のような感染症の拡大は、人が集うこと自体を難しくします。SARSの流行時、患者を治療した医療関係者の最大の心配は子どもを含む家族への感染でした。また、今回の新型コロナウイルスの発生時にも、中国から帰国した夫が自宅に帰らずにホテルなどで過ごしたといったネットの書き込みなどもありました。
感染症の拡大は、震災後のような「災害ユートピア」ではなく、コミュニティの分断を生むことを、私たちは改めて認識する必要があるかもしれません。
地域としての回復力も取り戻す
近年、地域社会の信頼関係と病気との関連性への注目が集まっています。
①「信頼」②「協力の起こりやすさ」③「ネットワーク」という3つを指標とする「ソーシャル・キャピタル」が高いと、その地域の死亡率が低くなり、主観的な健康は高くなるという米国や英国の研究結果もあるのです。
また被災からの回復力が高いコミュニティの条件は、「他地域の信頼と利用」だと仁平義明・東北大学名誉教授も書いています。
健康・生活・経済の不安をもたらした点は、東日本大震災後と似ているのに、新型コロナの場合その不安に対抗できるコミュニティが分断されています。それは地域としての回復力に悪い影響を与えるかもしれません。だからこそ、この状況で私たちが何をできるのかを考える必要があるのではないでしょうか。
『東京新聞』は、こうした状況をコロナウイルスがもたらした閉塞感としてとらえ、次のようにかいています。
新型コロナ流行に伴い世界保健機関(WHO)が公表したパンフレットは、外出を控える状況では十分な食事と睡眠を取り、運動するなど健康的な生活を送って、メールや電話で友人らとつながることが必要と説く。医師でジャーナリストの富家(ふけ)孝氏は「医学の歴史は感染症との闘いの歴史である以上、身構えは必要。ただ、過剰な警戒でストレスを抱えた状態に陥ってはいけない。栄養を取るなどして免疫機能を高め、抵抗力を養わないと」と語る。(2020年3月6日)
ネットでつながる
直接会えないのなら、ネットを介して人とつながろうという試みは、感染症に対しては“有効”かもしれません。
例えばツイッターでは、鹿児島県内で起きた前向きな話を「#鹿児島コロナ防衛隊」というハッシュタグをつけて投稿して、共有しようという動きが始まっています。
また公式戦の延期が発表されたサッカーJリーグでも、ファンがツイッターで想像上の試合展開や競技場の様子を投稿して盛り上がりました。さらにサッカー解説者の福西崇史氏も参戦をにおわすなど、社会的にも広がりを見せています。
今後、分断されないコミュニティをSNSなどを使って作り出す試みが、いろんな形で起こってくるでしょう。災害などが起きると、デマの拡散などマイナスの影響で取り上げられることも多いネット空間ですが、今回はその“パワー”に期待をしたくなります。
高齢者には電話しよう!
ただ、ここでWEBがフォローしきれない人たちがいることも、少しふれておきたいと思います。
今回の新型コロナウイルスは、高齢者の致死率が高いのも特徴の一つです。
世界保健機関(WHO)がまとめた中国の感染状況によれば、全体の致死率は3.8%なのに、80歳以上は21.9%にものぼります。つまり高齢者ほどストレスの高い状態にあるのです。
しかも高齢者はSNSを使っていないケースも多く、地域の集まりの代わりとして、WEBを活用できないことも少なくないでしょう。こうした問題への対策として、高齢の親族や友人に電話をかけてみるというのも、一つの方法かもしれません。
震災後に自然発生した「ユートピア」を意図的に作り出す試みも、感染症との闘いでは重要なのかもしれません。
聴くスキルに興味のある方はこちらをご覧ください。
参考:「災害からのレジリエンス」(仁平義明)
「ソーシャル・キャピタル概念に基づく社会疫学の健康政策への展開」(濱野強、藤澤由和)/「災害ユートピアが消えた後」(林敏彦)/『災害ユートピア――なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』(レベッカ・ソルニット 著/亜紀書房)