方向性を決定したとき、人は外部に対してももちろん自分自身にも、決めた方向性に従って一貫した行動を取ろうとします。そうした「一貫性」に潜む危険性について説明します。
- 置き引きを防ぐ魔法の言葉
- 便利な一貫性
- 考えないために怪しい人物にお金を払う
置き引きを防ぐ魔法の言葉
社会心理学の第一人者であるアリゾナ州立大学のロバート・チャルディーニ教授の著書『影響力の武器 なぜ、人は動かされるのか』(誠信書房)によれば、この一貫性を確かめる実験が、ニューヨークのビーチで行われたそうです。
実験の仕掛け人は、ビーチの海水浴客から一人を選び、その約1.5メートル横にビーチマットを敷き、そこに寝ころんでポータブルラジオを聞きます。その後、ラジオを置いてぶらぶらとビーチマットから去っていくのです。そこに別の実験関係者が、置いてあるポータブルラジオをつかんで急いで立ち去ります。そのとき1.5メートル離れたところにいる海水浴客が、どのような反応を示すのかを確認しました。
結果的に20回実験して、「置き引き犯」に声をかけたのは4人だけでした。
一方、実験の仕掛け人がビーチマットから去るとき、隣人に「荷物を見ていただけませんか?」と声をかけると、20人中19人がラジオを置き引き犯から守ろうとしました。中にはラジオを奪い返そうとした人もいたそうです。
ここで重要なのは、「荷物を見ていただけませんか?」と言われて、荷物を守ることを承諾した瞬間から、行動が変わったことです。同じ立場なら誰もがする行動かもしれませんが、荷物を警備することを宣言したことで、行動が大きく変わったことは心理学的には重要です。
便利な一貫性
著者のロバート・チャルディーニ教授は、一貫性を保つことが人にとって便利なのだと解説しています。
「ある問題の賛否両論を比較検討するために精神的労力をさく必要もありません。もう困難な決定をする必要もないのです」(『影響力の武器 ――なぜ、人は動かされるのか』)
このように便利な「一貫性」に逃げ込むために、人はひどい選択肢を選ぶこともあるそうです。
そうした例として、本書では「超越瞑想プログラム」に参加したときの経験が書かれていました。
まず、このプログラムの説明のでたらめさに、著者の友人が腹を立て、主催者を完全に論破してしまいました。ところが、その様子を見ていた他の参加者が、プログラム終了後にこぞって入会したというのです。通常なら、そんなインチキなプログラムを提供している団体に、お金を払って入会したくないと思うでしょう。
ところが実際に入会を決めたプログラム参加者は次のように語っています。
「でも、あなたのお友達の方が話しはじめたとき、すぐに申し込んだ方がいいと思ったんです。このまま家に帰ったら、彼の言ったことをまた考えはじめてしまって、もう絶対に申込みなんてしないに決まってますから」
考えないために怪しい人物にお金を払う
ロバート・チャルディーニ教授は、プログラム参加者は自身の問題を解決する方法を強く求めており、問題を解決する可能性のあるプログラムを信じたくて仕方がなかったのだと解説しています。だからこそプログラム参加者は次のように考えたのだと書いています。
「早く、考えることから隠れる場所を!これだ、お金を払ってしまおう。ふー危なかった。これでもう考える必要はない」
こうした行動の結果、もうお金を払ったから「超越瞑想プログラム」を信じていこうという一貫した態度を崩すことができなくなるというわけです。
このように書くと特殊な例のように感じますが、自分にとって大きな問題があるときに考える必要のない選択肢が与えられると、ついついそこに逃げ込んでしまうといった行動は、多くの人が取っているのではないでしょうか。自分に余裕がなくなったと感じたら、信頼できる友人などにアドバイスを求めてみるなどの対策も必要なのかもしれません。