東京高検検事長が賭けマージャンが発覚して辞職しました。こうした問題が起きると職業倫理を高く掲げるべきという議論が起きますが、そもそも職業倫理を説くことで再発が防げるのでしょうか?心理学の観点から調べてみました。
- 職業倫理に対する宣誓の効果
- 専門の権威を失ったら不正が増える?
職業倫理に対する宣誓の効果
5月29日、森雅子法相は法務省の幹部職員に向けて、「高い倫理観と順法精神を持って職務に臨むことが求められる」と訓示しました。「賭博罪」に問われる可能性も賭けマージャンを、検事長がしてはマズいでしょうとは多くの人が感じたのではないでしょうか。だからこそ法相の訓示にも違和感はないのです。
しかし職業倫理を高めようと喧伝することで、職業意識が高まるのかは少し疑問です。そもそも職業倫理をどうやって高めたらいいんだろう、と感じる人も少なくないでしょう。
こうした疑問の答えになりそうなのが、行動経済学の第一人者であるダン・エイリーデューク大学教授の実施した実験です。
実験参加者には、正当数に応じて報酬を払う約束で数字の問題を解かせます。一定の時間が経過したら、1つ目のグループには解答用紙を提出してもらいました。2番目のグループは自ら採点し、解答用紙を実験参加者に持ち帰ってもらい口頭で正当数を報告しました。つまりごまかして報酬を多くもらうことができるようにしたのです。そして3番目のグループには、「わたしは、この研究がMIT無監督試験制度の倫理規定のもとにおこなわれることを承知しています」という文面に署名し、2番目と同じ形式で問題を解いたのです。
つまり2番目と3番目はともに不正に申告できるけれど、3番目は倫理規定に署名をしたのです。結果、ごまかしが不可能だった1番目のグループの平均正当数は3問、2番目のグループは5.5問、そして署名した3番目のグループの正当数は1番目のグループと同じ3問だったのです。
この結果について、ダン・エイリー教授は次のように書いています。
人々はチャンスがあればごまかしをするが、けっしてめいっぱいごまかすわけではない。また正直さについて考えだすと(中略)ごまかしを完全にやめる
ほとんど意味のないように思える職業倫理に対する宣誓は、不正を防ぐという意味では大きな意味を持つことが実験で証明されたのです。
専門の権威を失ったら不正が増える?
じつは、ダン・エイリー教授がこうした実験を行った背景には、米国で起こった専門職の規制や規則の撤廃を起こす、「エリート主義対策」ともいえる運動がありました。その結果、
厳格な専門職意識は、柔軟で個人的な判断、商業の原則、富への要求に取ってかわられ、それとともに、専門職が基盤としてきた倫理や価値観の基準が消えてしまった。
そうダン・エイリー教授は書いています。
さて、日本では規制緩和の波があったとしても、「正義がない」と嘆くような事態にはなっていません。
ただ、専門家として権威を攻撃されてきた職業集団はあります。教員です。かつては「聖職」とも言われ、子どもも両親も教師の発言に重きを置いていました。少なくともクレームをつけまくるモンスターペアレントの対応に追われるといったことはありませんでした。
広島大学の山田浩之教授の論文「『教員の資質低下』という幻想」によれば、1980年代に校内暴力・体罰・いじめ・不登校などの問題が騒がれ、受験偏重の「いびつな」学校教育が原因とされたそうです。
また1990年代には学級崩壊や学力低下、2000年代には「指導力不足教員」が社会問題化し、つねに教員が批判の対象にされてきたとのこと。山田教授は教員への処分の推移、「指導力不足教員」と認定された者の数やアンケート調査などから、
教員の問題は限定的なものであり、教員全体の実質的な資質低下を実証するものではない
と結論づけています。
それどころか、こうした批判から起きた教育改革によって、教員のメンタル不調が増えていることも明らかにしているのです。
高い職業倫理を持ち、専門家としての道を究めていこうという姿勢を持つ教員も少なくないでしょう
こうした強い思いが自身を追い詰めてしまうことにもつながっているのかもしれません。職業倫理を高めるためことは重要ですが、強調しすぎるとツライ人が出てくる可能性があるかもしれないと感じるのでした。
参考:『予想通り不合理』(ダン・アリエリー/早川書房)
「『教員の資質低下』という幻想」(山田浩之)
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