身体を動かして先延ばし癖を克服する生理的アプローチ

先延ばし癖の克服の多くは、心理的なアプローチを推奨します。例えばタスクを分割して手を付けやすくするといったテクニックは、その典型でしょう。しかし近年、先延ばし行為が生理的なプロセスだという視点に立ち、体にアプローチする対策も出てきています。

  • 先延ばし癖の原因は恐怖感
  • 「死んだふり」から目覚める
  • 闇雲な「逃走」を停止する
  • フラットな状態ですぐにすべきこと
  • 先延ばし癖を克服する運動

先延ばし癖の原因は恐怖感

先延ばしは怠惰な人の癖だと、多くの人が思ってきました。しかし発達障害であるADHDの主要な症状の一つとして「先延ばし」があることもからもわかる通り、近年の研究では脳機能など生理的な問題だという認識が強まっています。

例えば、カルガリー大学のピアーズ・スティール教授は、先延ばし癖が衝動性と関係していると説明しています。先延ばし癖のある人は、ある種の怖れを振り払うために、とりあえず別の事を始めてしまうのだそうです。

こうした行動をもう少し細かく理解するためには、恐怖が生理的にどんな反応を生むのかを知る必要があるでしょう。

動物は恐怖を感じると「闘争・逃走反応」を示します。心拍数を増やして血圧を上げ、筋肉内の血管を拡大するなどして、闘ったり逃げたりするために備えるのです。また「死んだふり」のように、身動きをせず緊急事態が過ぎるのを待つといった反応もあります。このような反応を引き起こすのが、恐怖や不安といったマイナスの情動に深くかかわる脳の偏桃体です。

こうした偏桃体の働きに翻弄され、人は「先延ばし」をしてしまうのだそうです。一方、情報統合と意思決定能力を司る脳の前頭前皮質は、偏桃体からコントロールを取り戻そうと働きます。つまり前頭前皮質が偏桃体との闘いに敗れると、人は先延ばしをしてしまうのだと、カナダにあるカールトン大学のピチル准教授は説明します。

これが生理的に見た先延ばしのメカニズムです。

「死んだふり」から目覚める

生理現象であるなら、体に働きかけることによって先延ばしを克服できると指摘しているのが、医師のブリット・フランク氏です。

というのも「闘争・逃走反応」は自律神経に深くかかわっており、自律神経はコントロール可能な部分があることも分かっているからです。

まずブリット・フランク氏は、自律神経の働き方によって、先延ばしに2つのタイプがあると解説します。リラックスしたときに働く「副交感神経系の先延ばし」と、活力をみなぎらせる「交感神経系の先延ばし」です。

「副交感神経系の先延ばし」はいわば死んだふりと同じ。ボーっとネットを見てしまったり、寝てしまったり、本来は動かなくてはいけないのに課題を前に死んだふりをしてやり過ごそうとしてしまうもの。もちろん猛獣に襲われるような危機であれば、死んだふりが有効な場合もあるでしょう。しかし現代人の課題に対して、死んだふりは何の意味もありません。体が危険の種類を勘違いして、熊に出会ったときと同じように対処しているのだから当然でしょう。

この状態になってしまったとき、まずは死んだふりを解く必要があります。
「何だか気乗りがしないな」と感じてネットサーフィンを始めたときに、これは副交感神経系が優位に働いている「死んだふり」なのだと認識しましょう。次に視線をゆっくりと動かして周囲を見回すようにします。さらに穏やかなストレッチをすることで、死んだふりの状態から目覚めるようにしましょう。

闇雲な「逃走」を停止する

「交感神経系の先延ばし」は、課題に対して闘争や逃走をしている状態です。例えば試験前に部屋の掃除をした経験はありませんか? こうしたよくわからない衝動的な行動こそ、「交感神経系の先延ばし」なのです。野生に生きている動物ならば、思いっ切り足を動かして逃げることが生き残りのチャンスにつながります。しかし現代人の課題を解決することはないでしょう。

そこで私たちは「逃走中」の自分をフラットに戻さなければなりません。
具体的には、いきなり始めようとした片づけの手を止め、これは交感神経系が優位に働いている「逃走」なのだと認識します。次にジャンプしたり、床に横たわったりします。闇雲に走ろうという生理的な衝動を抑えるのです。

フラットな状態ですぐにすべきこと

「副交感神経系の先延ばし」「交感神経系の先延ばし」の状態から体がフラットな状態に戻ったら、すぐに3つの小さなタスクを書き出します。そして、その中の最も簡単なものに手を付けましょう。

このとき重要なのは、モチベーションを気にしないこと! 
やる気がない、エネルギーが足りない、乗り気ではないなどなど、自分のネガティブな気持ちをすべて無視して有意義な行動の一歩を踏み出しましょう。

これまでの先延ばし対策は、生理的な反応を無視して、意思決定能力を司る前頭前皮質によるコントロールを取り戻そうとしてきました。結果、偏桃体の暴走を止めることができず、先延ばしが終わらないという状態になっていたのです。

それをフラットな状態に戻すのが、ストレッチやジャンプなど、「副交感神経系の先延ばし」「交感神経系の先延ばし」対策です。いわば恐怖によるパニックから目を覚ますためのテクニックです。ただ、このテクニックを使っても、恐怖への衝動が収まっただけなので、一気に理性的な行動に自分を導く必要があります。だからこそモチベーションを無視して、有益な行動を即座に始める必要があるのです。

先延ばしが始まった当初と比べて、「副交感神経系の先延ばし」「交感神経系の先延ばし」対策の後は、きっと自らをコントロールしやすくなっているはずです。

先延ばし癖を克服する運動

ここまでは先延ばしが起きたときの生理的な対処方法を書きましたが、前頭前皮質の恐怖を抑える力を向上させ、偏桃体を落ち着かせるという機能そのものを運動で鍛えることができると、ハーバード大学のジョンJ・レイティ教授は書いています。彼は運動によるメンタルヘルス不調対策のエキスパートですが、不安の強い人に次のような運動を勧めています。

「最低でも毎日15分間の激しい有酸素運動――ランニング、水泳、エアロバイク、エアロボート、なんであれ心拍数を上げる運動――から始める必要があった。激しいということがとくに重要だ。実験により、激しい運動だけが、不安による肉体的な興奮に対する感受性を和らげることがわかっているからだ」(『脳を鍛えるには運動しかない!』ジョンJ・レイティ エリック・ヘイガーマン/NHK出版)

先延ばし癖に困っている人は、運動という生理的なアプローチで予防していくのも一つの手かもしれません。

今日は体を使った先延ばし対策をまとめてみました。効果は人によってさまざまなだと思いますが、気になったら試してみてください。

自分の心のあり方に興味のある方は、こちらもご覧ください。

監修:一般社団法人 日本産業カウンセラー協会

参考:『脳を鍛えるには運動しかない!』(ジョンJ・レイティ エリック・ヘイガーマン/NHK出版)/「Feeling Stuck? 2 Types of Procrastination」(Britt Frank MSW, LSCSW, SEP/Psychology Today)/「THE SCIENCE BEHIND PROCRASTINATION」(Georgia Griffiths)

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