感染者を攻撃してしまう心理「公正世界仮説」って、なに?

新型コロナウイルスの感染者への攻撃が、報道などでも取り上げられています。では、どうして感染者への攻撃が強まってしまうのでしょうか?行動の裏にある心理を説明したいと思います。

  • 常に行いが結果を生むという思い込み
  • 長期目標や幸福を信じる基礎になる思い込み
  • 被害者を非難すれば未来を信じられる!?

常に行いが結果を生むという思い込み

新型コロナウイルスの感染者を責める風潮が強まっています。もちろん感染がわかった後の行動が非難されているケースもありますが、感染者あるいは感染の疑いがある人をむやみにバッシングするケースも出ています。クラスターを発生した大学の学生や職員が暴言を吐かれたりするケースは、そうした行為の一つでしょう。

こうした行動の背景には、感染症への恐怖があります。感染症への過剰な恐怖が、ひどい差別を生んできたことは歴史が証明しています。しかし病への恐怖以外にも、攻撃を生みやすい心理があります。

事件に巻き込まれた被害者への攻撃を耳にしたこともあるのではないでしょうか。「あんなところ歩いていたから」とか、「あんな友達がいたらね」とか、果ては「日ごろの行いが悪かったんじゃない」などなど。犯罪発生に関係ないことで被害者を攻撃するケースは少なくありません。

こうした心理を説明するのが「公正世界仮説」です。

これは

世界は突然の不幸に見舞われることのない公正で安全な場所であり、人はその人にふさわしいものを手にしている(「被害者非難と加害者の非人間化」〈村山綾 三浦麻子〉)

といった考え方です。

人は他人の成功を運や状況のせいにするのではなく、個人の能力や特性によるものだと考えがちですし、不幸な出来事についても個人の行動が悪いからと思いがちなのです。

宝くじが当たるのも、犯罪被害にあうのも、日ごろの行いのせいだというわけです。

長期目標や幸福を信じる基礎になる思い込み

「公正世界仮説」は、社会秩序の維持にプラスに働くとも言われています。世界は安定して秩序のある環境だという認識が、長期目標や幸福感を維持する基盤になっていると考えられるからです。

このような心理を証明した実験もあります。

実験参加者に、信号無視の車に歩行者が巻き込まれたという交通事故のニュースを読んだ後、今すぐ7万円をもらうか、90日後に12万円をもらうかをたずねたのです。ただし一方のグループには、事故の被害者が「一般市民」だと伝え、もう1つのグループには「違法薬物の売人」だと伝えます。

すると被害者が「一般市民」だと聞いたグループは、「今すぐの7万円」をもらう人が「90日後に12万円」より多くなったのです。一方、「売人」と聞いたグループは、「90日後の12万円」を選択する人が「今すぐの7万円」より多くなりました。

これは善良な「一般市民」が信号無視をした車に引かれたという情報で「公正世界仮説」が崩れ、90日後も安定した生活を送っているという未来に疑問を抱いた結果です。“日ごろの行いが悪い”「違法薬物の売人」が交通事故に巻き込まれるのは、「公正世界仮説」から見れば不思議ではないため未来も信じられるのです。

こうした心理は、海外で内乱に巻き込まれたと考えればわかりやすいでしょう。市街地で銃撃戦が繰り広げられている状況なら、90日後の支払いを待てるわけはないでしょう。90日間待てるのは、未来を信じられる条件が整っているからでしょう。その礎となっているのは、日々きちんと生きていれば安全に暮らしていけるという思いです。

つまり、私たちが未来の目標に向かって、日々の小さな努力を重ねられるのも、公正で安全な社会が続き、日々の行動は報われるという「公正世界仮説」を信じているからなのです。

被害者を非難すれば未来を信じられる!?

犯罪被害者を攻撃しがちなのは、「公正世界仮説」が崩れることを防ごうとする心理です。実際、2014年のカランなどが行った実験では、被害者を非難するほど「公正世界仮説」を信じられるようになったと報告しています。具体的には短時間で獲得できる小さな報酬を無視して、長期間待ってもらえる大きな報酬を選択したそうです。この実験での具体的な数字はわかりませんが、先ほどの例でいけば、「90日後の12万円」を選択したということでしょう。

新型コロナウイルスの蔓延は、これまでの秩序を壊しました。学校や会社に行けず、人に会うのも制限される日々が来るとは1年前には誰も思っていませんでした。さらに先行きが見えない不安も、ここに重なります。

感染者を攻撃することで、こうした不安から目を背けようとする心理が働いているのかもしれません。自宅待機をすれば安全だという思いは、「感染者は感染するような行動をしたから」といった思い込みにもつながりがちです。

しかし新型コロナウイルスは、日常生活でかなり努力して感染の確率を下げれても、完全に予防できるわけでもありません。米国では自宅から一歩も出ていなかった高齢者が感染して、世界にショックを与えました。

感染を拡大させないような努力は大切ですが、感染したからといって努力が足りなかったというわけでもないようです。

パンデミックはさまざまな分断を生みがちです。それをどうやって乗り越えていくのかを考えることも、感染症との闘いなのではないでしょうか。

心理学などに興味のある方は、こちらもご覧ください。

参考:「被害者非難と加害者の非人間化」(村山綾 三浦麻子)/「人はなぜ被害者を責めるのか?」(心理学ミュージアム)/「The Just-World Phenomenon Overview and Examples」(Kendra Cherry/very well mind)

   

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「働く人の心ラボ」を運営する日本産業カウンセラー協会では、新型コロナウイルス感染症に関連して不安やストレスにどう対処していくか、産業カウンセラーによるコラムを配信しています。こちらからご覧ください。
※産業カウンセラーは、心理的手法を用いて、働く人やそのご家族の心の健康(メンタルヘルス、HSP等)・キャリア開発・職場環境改善等を支援する専門家です。

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