寝返りに始まり、ハイハイして、つかまり立ちをして……乳幼児の身体的成長は、目覚ましいものです。でも、心がどの程度発達しているかは、見た目からはなかなかわかりづらいですよね。1歳児から使える「ルージュテスト」で、自己認識の芽生えが確認できます。人間らしい発達が始まる、鏡像段階について解説します。
- 知能の高い動物にしか、鏡は認識できない
- 子どもの鼻に口紅をつけて鏡の前につれていくと、どんな反応をするか
- 自己認識の芽生えが社会性をはぐくむ第一歩―ラカンの鏡像段階路
- ルージュテストに成功したら、イヤイヤ期に対する構えを
知能の高い動物にしか、鏡は認識できない
ペットを飼っている人であれば、犬や猫が鏡に映った姿を自分と認識できないことに気づいているでしょう。鏡に向かって吠えたり、鏡を触ったり、後ろに回って存在を確かめたり。別の犬や猫がそこにいるものとしか思っていません。
鏡を認識できるかどうかは、その動物の知能が高いかどうかにかかわってきます。これまで、チンパンジーやオランウータン、ゾウ、イルカ、シャチなどについて、鏡を認知するミラーテストに成功したことがわかっています。
では、人間の子どもはいつごろから鏡を認識できるようになるのでしょうか。「ルージュテスト」を使ってそれを確かめる方法が、認知心理学の分野で確立されています。
子どもの鼻に口紅をつけて鏡の前につれていくと、どんな反応をするか
ルージュテストとは、子どもの鼻の頭に口紅をつけ、その姿を鏡で見せたときにどんな反応をするかを調べる実験です。もしも鏡を見て「これは自分だ」とわかれば、「鼻についている赤いものは何だろう」と、鏡ではなく自らの鼻を触ることでしょう。
ただ、幼児が自分の姿を鏡で認識できたとしても、口紅を全く気にすることがなければ、触って拭き取ろうとする動作も行いません。そこで、ミラーテストでは、子どもに鏡を見せる前に人形の顔についた口紅を拭きとらせる遊びを繰り返し行うなどして、口紅を拭きとるための動機付けを高めるようにしています。
ルージュテストを行うと、1歳前半の子どもはあまり反応を示しませんが、1歳半を過ぎると反応する子が増え、2歳ごろまでにはほとんどの子どもが口紅を拭きとるしぐさをするようです。つまり、自己認識が芽生えるのは、1歳から2歳の間ということができます。
自己認識の芽生えが社会性をはぐくむ第一歩―ラカンの鏡像段階路
フランスの精神分析家であるラカンは、鏡を認識できる時期を「鏡像段階」と名付けました。そして鏡像段階は、精神発達にとって大事な時期であると結論づけています。
まだ鏡を認識できない乳幼児にとって、自分の身体はバラバラになった部分の集まりでしかありません。つまり、目に見えている手や足、かゆい背中、拭かれるお尻などの認識はありますが、統一性を持って理解できているわけではありません。しかし、鏡を見れば、自分の全体像の輪郭が映し出されます。初めて、自分丸ごとの姿を確認することができます。
よって鏡の認識は、自己同定のきっかけとなると同時に、自我が芽生える準備がスタートしたことを示していると考えられています。「私」の全体的な輪郭をつかむことが、他者との違いを浮き上がらせ、「親とは違う自分」を意識するようになっていくのです。
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ルージュテストに成功したら、イヤイヤ期に対する構えを
自己認識の芽生えは、そのうち自我の芽生えにつながっていきます。自分の身体の輪郭を確認した子どもは、次に意識の輪郭を確かめようとするようになるためです。親の言うことに何でも「イヤ!」と返し、親をはじめとした他者と、自分の意志の境界線を確かめようとします。つまり、イヤイヤ期の始まりです。
先ほど紹介したルージュテストには、成功したかどうかの見極めが難しいところがあります。鏡を認識できていたとしても、鼻の頭の口紅を「初めから自分についているもの」と違和感なく受け止めれば、気に留めることはないでしょう。鏡を認識しなくても、ただ「鼻がかゆい」という意識だけで、鏡に向かったときに偶然鼻をこすることも考えられます。
ただ、実験の場ではなく自宅であれば、わざわざルージュテストをする必要はありません。親がわが子の様子を見て「あ、ちゃんと鏡だとわかっているな」と感じればいいだけですから。子どもが鏡に興味を示す頃合いになったら、そろそろイヤイヤ期です。
イヤイヤ期は大変だといった話がネットなどにも溢れていますが、じつは成長の証でもあるのです。自分と他人との境界線ができてきた印と考えると、赤ちゃんの「イヤ!」もちょっと嬉しくなるかもしれませんね。
監修:日本産業カウンセラー協会
参考:『生涯発達心理学』(有斐閣)