2016年4月末、東京高裁で注目すべき判決が下されました。海外の現地法人で働く従業員の過労死が、労災に認定されました。労災認定のルールとともにお伝えします。
- 海外出張と海外派遣って?
- 本社の指揮命令の下に働いていた
- 納得できる判決
海外出張と海外派遣って?
この判決のどこが画期的かを知るには、やや不可思議な海外における労災認定のルールを紐解く必要があります。
そもそも「労災」と呼ばれる労働災害に対する補償制度は、労働基準法に基づくものです。そして、この制度を確実化するために生まれたのが労働者災害補償保険法。つまり制度の根幹を担っているのが労基法なのです。
この労基法の海外での適用基準は、「派遣の態様」にかかわるとされています。具体的には、海外の派遣先が「独立の事業」と認められた場合は労基法の適用が認められません。けっこうわかりづらいルールですね!
この基準については、通常「海外出張」と「海外派遣」という単語で説明されています。厚生労働省の発行しているパンフレットには、「『海外出張者』とは、単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず、国内の事業場に所属し、その事業場の使用者の指揮に従って勤務する労働者です。
『海外派遣者』とは、海外の事業場に所属して、その事業場の使用者の指揮に従って勤務する労働者またはその事業場の使用者(事業主およびその他労働者以外の方)です」と説明されています。
また具体例を次のようにあげています。
「商談」「技術・仕様などの打ち合わせ」「市場調査・会議・視察・見学」「アフターサービス」「 現地での突発的なトラブル対処」「 技術習得などのために海外に赴く場合」は「海外出張」。
「海外関連会社(現地法人、合弁会社、提携先企業など)へ出向する場合」「海外支店、営業所などへ転勤する場合」「海外で行う据付工事・建設工事(有期事業)に従事する場合(統括責任者、工事監督者、一般作業員などとして派遣される場合)」は「海外派遣」。
本社の指揮命令の下に働いていた
ここで改めて裁判で争われた事件の概要を検討してみましょう。
報道によれば、急性心筋梗塞で亡くなった男性は、2006年から日本の運輸会社の上海支店に勤務していました。それから4年後、2010年4月に現地で子会社が設立され、その会社のトップとして就任。しかし設立から3ヵ月たった7月に、45歳という若さで死亡したのです。
死亡前の1ヵ月は、時間外労働が約104時間という厳しい労働環境にあったことから、「発症前1ヵ月間におおむね100時間を超える時間外労働が認められる」という過労死認定基準にも合致しています。つまり国内で亡くなったならば、労災認定でもめる可能性が高くはなかったと思えるのです。
しかし現地設立の子会社勤務という状況を鑑みれば、厚労省の基準では労災の適用ができません。実際、一審の東京地裁では遺族の訴えを退け、労災の認定を認めていません。
一方、今回の判決では「男性は本社の指揮命令下で勤務していた」として労災を適応すべきとの判断をくだしました。また、海外勤務の労災認定についても「日本からの指揮命令関係などの勤務実態を踏まえて判断すべきだ」とも指摘しています。
納得できる判決
じつは「海外派遣」であっても、特別加入の手続きをしていれば、労災も適用されます。しかし過労死した男性が勤めていた会社は、「国内事業所に所属し海外出張中だ」との判断から手続きは行わず、日本で労災保険料を納め続けていました。
事業がグローバル化する中、海外での労働災害も発生しやすくなっています。また近年、海外に進出した企業の中には、外国支店に関する事務手続きに慣れていないところもあるでしょう。だからこそ保険料を納めているのに認識の違いから労災が認められないといった事態には問題があるでしょう。労働者を保護することを目的とした労基法の精神に照らしても、多くの市民が納得できる判決だったといえそうです。