新型コロナウイルスに引き起こされたパンデミックによって、今後、さらに社会が変わっていくという予測があります。その一つが「大退職時代」の到来。パンデミックによる変化を、PTG(心的外傷後成長)の視点から読み解きます。
- 歴史的な転換を生むパンデミック
- 5つの成長の方向性
- 欲しいのは「有意義で利他的な生き方」
歴史的な転換を生むパンデミック
パンデミックは数々の歴史的な変換点になったといわれています。最も有名なのは、ペストの流行によって農奴に依存した荘園制が崩壊したことでしょう。それは封建的身分制度の解体につながったと言われています。
あるいは『レ・ミゼラブル』に描かれた1832年のパリ蜂起(六月暴動)の要因の一つに、コレラの蔓延があったとも伝えられています。
もちろんパンデミックが常に社会を変化させるわけではありません。諸説ありますが、約100年前に流行したスペイン風邪は、社会的な大変化までは引き起こさなかったといわれています。
では、新型コロナウイルスによるパンデミックは、どうなのでしょうか?
まだパンデミックが終息していない状態であり、断定こそできないものの、どうやら社会的な変化が起こりつつあると、各種メディアが分析を始めています。
例えば民衆のデモによって、中国政府がゼロコロナ政策を変更したといったことも、社会的な変化の一つとみることができるでしょう。それ以上に注目されているのが、世界各国で起きている「大退職時代」です。これはテキサスA&M大学で組織行動論や心理学を研究するアンソニー・クロッツ准教授が命名したもので、労働者が解雇ではなく自らの意思でどんどん仕事を辞めていく現象です。
じつは日本も欧米各国ほど顕著になっていないものの、転職の希望者が増加傾向にあることが報じられています。
5つの成長の方向性
先進諸国を中心に起きている辞職の波については、さまざまな要因が指摘されています。「リモートワークを経験したことでオフィスへの通勤をしたいと思わなくなった」「デジタル関連の求人が増え、流動性が高まった」などなど。そうした中、心的外傷後成長(PTG)から「大退職時代」を分析する動きが出てきています。
PTGとは、トラウマ(心的外傷)をもたらすようなつらく苦しい出来事をきっかけに始まる人間的な成長を意味します。そうした成長は以下の5つの方向性があると言われています。
①人間関係に関する成長
②人生の新しい機会や可能性に関連する成長
③人間としての強さに関する成長
④感謝の念を持てるようになる成長
⑤精神生活が深化する成長
こうした変化によって、他者に思いやりを持てるようになったり、新しいことにチャレンジしたり、人知を超えた力に関心を持ち哲学的な思考を深めていくといったことが起きるようです。
「大退職時代」に関連すると言われているのは、③と②です。コロナ時代を生き残った自信を持って、新しい生き方を探そうという動きが強まっているようなのです。
欲しいのは「有意義で利他的な生き方」
では、人々は何を目指して退職していくのでしょうか?
米国リーズ・ベケット大学のスティーブ・テイラー博士は、多くの人が「より有意義で利他的な生き方をしたいという強い衝動を感じている」と分析。それが「大退職時代」の根源にあると指摘しています。
また従業員が何を考えて転職をしようとするのかについては、米国でのアンケート調査があります。結果、仕事と家庭のバランスが特に重要になってきていることが明らかになりました。一方で昇進できないことや自身の成長不足、仕事の社会的な影響力の少なさは、転職の原因とはなっていなかったのです。
こうした結果を目にすると、パンデミックで芽生えた「有意義で利他的な生き方」は、必ずしも仕事で成し遂げるものと捉えていないのかもしれません。
これは本業とは別に生きがいを重視した活動や利益を重視しないスモールビジネスに注目が集っている日本の状況とも一致するものでしょう。いわば何のために生きるのかという問いを、パンデミックを機に多くの人が考え始めたといえるのかもしれません。
それが生活全般の見直しにつながり、キャリアの変更にもつながっていくのかもしれません。
今日は「大退職時代」の背景にある心理についてまとめてみました。
人の心のしくみについて興味のある方は、こちらもご覧ください。
監修:一般社団法人 日本産業カウンセラー協会
参考:「新型コロナが落とす長い影 パンデミックの社会的影響」(フィリップ・バレット ソフィア・チェン 李楠/IMF BLOG)/「「大退職時代」は日本に訪れるか?」(星野卓也/第一生命経済研究所)/「What’s Behind the Great Resignation」(Steve Taylor Ph.D./Psychology Today)/「Is It the Great Resignation or the Great Reprioritization?」(Scott Dust, Ph.D./Psychology Today)