年を取ると、若かったころの様々な能力が低下します。身体の衰えや、老眼の進行に加え、記憶力までもが衰えてしまうと考え、落ち込んでいるとしたらもったいないことです。年をとったら記憶力が大幅に低下するというのは、実は錯覚なのかもしれません。
- 若い人に、記憶力では勝てない……そう感じるようになったら
- 記憶するにはコツがいることを忘れてしまっていない?
- 刷り込みによる自信のなさが記憶力を低下させる
- 「高齢者は学校で勉強しているわけではない」という当たり前の事実に目を向ける
若い人に、記憶力では勝てない……そう感じるようになったら
最近、ものを覚えられなくなったと落ち込むのは、どんな瞬間でしょうか。例えば新入社員との違いを感じた時はどうでしょう。若い人は新しいことをどんどん覚えていっているなあと感じたり、孫ができて学校で新しいことを覚えてくるたびに、その成長の目覚ましさと自分を引き比べてしまうこともあるのではないでしょうか。
しかし、ちょっと待ってください。あなたの記憶力は、そう捨てたものではありませんよ。ものを覚えられなくなっているのではなく、覚えるコツを忘れてしまっているだけかもしれません。心理実験が、それを証明してくれています。
記憶するにはコツがいることを忘れてしまっていない?
20代、40代、60代の人たちに、単語が印刷された52枚のカードを配り、1枚ずつ見てもらった後でいくつ単語を思い出せるか調べました。20代の人たちは35個ほどを思い出すことができるのに対して、60代の人はたったの20個。「だから、年取るとダメなんだ」と落ち込んでしまいたくなりますね。
しかし、あらかじめ新しい単語を覚えるコツを教示してから同じ実験をしたところ、結果は変貌を遂げたのです。コツを教えても、20代の人たちが思い出せる単語数はあまり変わりませんでしたが、60歳代においては25個と、コツを教示してもらわないときと比べ、ぐっと増えたのです。
ここから考察できるのは、「年齢による記憶力の衰えは確かにみられるが、それ以上に、覚えるコツを忘れていることが見受けられる」ということです。学生時代、授業で、塾で、または自力で、ものを暗記するコツを見出してきたはず。20代の頭には、まだそれが残っていて、無意識に使うことができていると考えられます。だから、単語を覚えるコツを教えたところで、20代の人の暗記力には変化が見られなかったのです。
ちなみに、この時実験者が教えた単語を覚えるコツとは、覚えるべき単語を同じ種類どうしでまとめて覚えるというものでした。なんだか小学校時代を彷彿させるような覚え方ですね。でもそれがまさに、ものを覚えるコツなのです。
刷り込みによる自信のなさが記憶力を低下させる
また、こんな実験も報告されています。アメリカの心理学者、トーマス博士は、大学生と60代から70代のシニアを集め、それぞれ単語の記憶力テストを行いました。ある単語リストを見せた後に、別の単語リストを見せて、どの単語が元のリストにあったかを当ててもらうという実験です。
すると、「これは、ただの心理実験です」とだけ説明をしたグループと、「これは記憶実験であり、高齢者のほうが、成績が悪い傾向があります」という説明を受けたグループとでは、成績に大幅な変化がありました。
「これはただの心理実験です」と、記憶テストであることを説明せずにテストを行ったときは、若者もシニアも正答率は50%程度で、大した差がありませんでした。しかし、「記憶実験である」と説明を受けたときには、若者の正答率は変わらず50%程度、シニアのほうは30%程度に低下しました。
この実験から、「高齢者は覚えが悪い」という刷り込みによって、本当に記憶力が低下してしまう作用があることがうかがえます。先入観が自分の能力の幅を狭めてしまうというのは、なんとももったいないことですね。
「高齢者は学校で勉強しているわけではない」という当たり前の事実に目を向ける
以上のように、高齢になると記憶力は確かに衰えを見せますが、「高齢になると記憶力が悪くなる」という思い込みや、記憶するコツを忘れてしまっていることが作用して、記憶テストの結果が悪くなってしまうのです。ですから記憶力の低下に必要以上に落ち込む必要はないのかもしれません。
思えば、われわれ大人は学校での勉強が生活のメインではありません。生活し、生活のために働き、子どもを養育する日々の繰り返しのなかには、復讐したり、予習したり、問題集を何度も解く時間は含まれていないのです。
身体からも頭からも「学習する習慣」が抜けてしまっているのに、記憶力の保持を期待するほうが無理な話でしょう。高齢者は、勉強が生活のメインではありません。そんな当たり前のことに目を向けて、学習を通して記憶するコツを学びなおすことから始めてみてはいかがでしょうか。
参考:『生涯発達心理学』(有斐閣)