新型コロナウイルスの感染拡大とともに、数多くのデマ情報がネットなどを中心に駆け巡っているようです。そんなデマへの対策と、そのメカニズムについてまとめてみました。
- 感染症の流行はデマを呼びやすい
- 人々の不安がデマを呼ぶ
- コントロールできないから怖い
- デマに負けない3つの対策
感染症の流行はデマを呼びやすい
先日、「ウイルス対策にはお湯を飲むと効果的」といった情報が、SNSを中心に広がりました。さすがにわかりやすいデマだったこともあり、即座に否定されたようですが、悲しいかな、大事な人にこそ教えてあげたいといった善意が拡散を促す要因の一つだったとも報じられています。
新型コロナウイルスに関連するデマは、感染経路や病状、予防法・治療法、陰謀論など多岐にわたります。フェイクニュースなどは、これまでも問題になっていましたが、新型コロナウイルスによってデマは急増しているようです。
歴史的に見ても、感染症の流行時はデマが広まりやすいことがわかっています。14世紀のペストの流行時には、「キリスト教徒の敵達が空気や水、食べ物、ワインに毒を混入した」というデマが流れ、人種差別的な騒動が起きました。日本でも1885年のコレラ流行時に、「人の生き肝を取って米国に渡すため殺人が行われている。警察があやしい」といったデマが流れたそうです。
また2003年のSARS流行のときには、「緑豆のスープを飲めば予防できる」「爆竹を鳴らせば予防できる」「北京市が封鎖され食料が入手できなくなる」といったようなデマが流れました。また「酢を煮立たせて消毒すれば予防になる」というデマで、酢の買い占めが起こっています。
ネットによるデマは素早く拡散してしまうこともあり、こうしたデマの広がりは大きな社会問題となっています。
2月4日には、世界保健機関(WHO)のグローバル危機準備担当局長シルビー・ブリアン医師が、新型コロナウイルスについて「根拠のない情報が大量に拡散する『インフォデミック』が起きている」と注意を促しています。
人々の不安がデマを呼ぶ
では、感染症が流行しているときに、どうしてデマが出回るのでしょうか? その最大の要因は人びとの不安だとされています。不安が高まる中でもっと情報がほしいと思っている人達がデマを信じ拡散してしまうというのです。
災害情報論などを専門分野とする関谷直也・東京大学特任准教授は、毎日新聞の取材に災害時(取材当時は東日本大震災について)のデマの広がりについて、米国人の社会心理学者のタモツ・シブタニの次のような言葉を引用しています。
(デマは)「あいまいな状況にともに巻き込まれた人々が、自分たちの知識を寄せ集めることによって、その状況について優位的な解釈を行うコミュニケーションである」
つまり情報が正しいか間違っているのかではなく、現状を説明できる話をやりとりすることが重要なのだそうです。そのため災害時にうわさが広がるポイントは、「明確に否定できないこと」と「感情を共有している人の数」だと、関谷准教授は解説しています。
今回、トイレットペーパーの買い占めなどが起こったのも、無くなったら困ると思っている人が多かったからでしょう。トイレットペーパーの供給量を知る一般人は多くはないでしょうから、明確に否定できずに一気にデマが広まり、買い占め騒動が起こったといえそうです。
コントロールできないから怖い
では、新型コロナウイルスはどうしてここまで人を不安にさせるのでしょうか?
新型コロナウイルスについては、致死率などを元に「必要以上に慌てることはない」といった報道もされています。ただ専門家に言われても、なかなか落ち着いてはいられないという気持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ここにも心理的な要因があります。
五味晴美・南イリノイ大感染症科アシスタントプロフェッサーは、感染症に体する不安を次のように解説しています。
「人は自分の命にかかわるような意志決定をする時、普通の場合定量的なものは使わない、つまり確率をベースに意思決定はしないと言われています」 「人というのは自分がコントロールできないようなものに遭遇した時には、とてもリスクが大きいと感じるのですが、自分がコントロールできること、たとえば煙草を止めるとか、お酒を飲まない、自分自身がコントロールできることであれば、そのようなリスクは相対的に心配が小さいのです」
未知のウイルスでワクチンもなく、完璧な予防法もない状況では、自分でコントロールできることも少なく、致死率などの確率を示されても心配の方が大きくなってしまうようです。
デマに負けない3つの対策
未知のウイルスだけに不安は取り除けない。だからこそ正しい情報もほしいし、みんなで共有したい。そう感じる人達が、デマを広めたり、デマに振り回されないためには、どうすればいいのでしょうか?
震災時のデマ対策を参考に考えてみたいと思います。
①正しい情報を確認する
橋元良明 東京大学大学院教授は『自然災害の行動科学』(福村出版)に、デマの対策では「マスメディアを使って正しい情報を発信し続けること」が重要だと書いています。つまり情報を受け取る側のポイントとしては、その正しい情報を冷静に確認することでしょう。
ただ、ニュースバリューのないデマはマスコミが取り上げることもないため、調べられないこともあるでしょう。こうした対策のため、米国などでは災害時に事実かどうかを確認する「ファクトチェック」の電話回線が開設されたこともあるそうです。
日本でもファクトチェックの普及活動を行う非営利団体があり、新型コロナウィルスに関連するwebページを開設しています。情報確認のために覗いてみるのもいいでしょう。
新型コロナウイルス特設サイト
https://fij.info/coronavirus-feature
②感染症の情報についてSNSで拡散すべきかよく考える
落ち着いて情報の真偽を確かめることが一番重要ですが、実際に正しい情報かどうか確認できないことも多いでしょう。またツイッターなどでは、文字数の関係で正しい情報が伝わらないことがあるかもしれません。そうした危険性を冒してまでSNSで拡散すべきか検討しましょう。
米国のマサチューセッツ工科大学メディアラボが科学誌『サイエンス』に発表した論文によれば、ツイッターでは偽ニュースがリツイート(再投稿)される確率が、正しいニュースに比べて70%も高いそうです。結果、正しいニュースが1500人に届くには、偽ニュースの約6倍の時間がかるそうです。
つまりSNSから拾った情報はより慎重に事実を確認する必要があり、自身が発信するときには情報源を慎重に見極める必要があるのです。
先程紹介した関谷准教授は、災害時のSNS利用について、一部の成功例があることを認めた上で次のように述べています。
「フェイスブックやツイッターを使って、状況確認や正しい情報を把握しようというのは難しい。SNSは『楽しい』『おいしい』などの経験や意見についてコミュニケーションし、感情を共有する目的で使われることがほとんどだ。正確な情報をやりとりする目的で使われているわけではない。災害の時だけ、普段と違った使い方をしようとするから無理があるのだと思う」
現状でも参考になる意見ではないでしょうか。
③不安を少しでも解消する
先に書いた通り不安がデマを広げる根源ですので、不安を少しでも取り除くことで、デマを広めたり、振り回されたりする可能性が下がります。家族や友人と普段より多めにコミュニケーションを取ってみる、感染予防に効果があるとされている手洗いを徹底するなど、日々の生活の中で不安を少しでも解消していくことも重要かもしれません。
心理学に興味のある方はこちらをご覧ください。
参考:「災害時デマのパターンを知ろう」(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20160523/mog/00m/040/001000c
「公衆衛生対策に求められる『コミュニケーション・ストラテジー』」(週間医学界新聞)
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2003dir/n2559dir/n2559_02.htm
「感染症流行時の心理反応に関する研究1」(高橋良博 高橋浩子)/「『新型インフルエンザ』流言の研究――来たるべき『パンデミック』への対策――」(李敏)/『自然災害の行動科学』(福村出版)