正義感にかられてネットで誰かを叱りつけたり、子どもや部下の行動を正すために叱ったり。それ、問題解決になっていますか? 「叱る」行動の裏にある「処罰感情」とその対策について、まとめてみました。
- 叱るのは腹を立てているから
- 「相手のため」は危険
- 叱らない自分になる3つのヒント
叱るのは腹を立てているから
不倫している芸能人のSNSで罵倒する、事件の関係者を非難するなどなど、処罰感情の暴走はいたるところに見られます。WEB空間でなくても、会社でついつい部下を叱ってしまう、子どもをつい叱りつけてしまう行動も、処罰感情の暴走かもしれません。
そもそも「叱る」という行動は、あまり効果がないことがわかっています。
もちろん危険が迫っている場合や、特定の行動を止める場合は、それなりの効果が期待できます。たとえば子どもが高いところで危険な行動をしている、というときに「降りなさい!」と叱ることは必要なことでしょう。しかし叱られた行動を避けるようになったとしても、本当にすべき行動を理解しているわけではないので、望ましい行動が身に付くわけでもないとも言われています。
では、人はどうして効果がないのに叱るのでしょうか?
デンバー大学のマイケル・カーソン教授は、その理由を以下の2つだと書いています。
①効果があるように見えること
叱ることで相手が従順な態度を示すため、叱った効果があるように見えてしまうというわけです。しかし監視がなくなれば、行動が元に戻ってしまうケースもあります。
②腹を立てているから
自分の怒りを、相手を叱ることによって解消しているそうです。叱れば感情的に任せて罵倒しているように見えないため、相手のためになっているとも考えられます。
「相手のため」は危険
効果は薄いうえに、自分の処罰欲求を発散するために叱っていたのかと考えると、ちょっと行動を改めたいと思う人もいるでしょう。そこで『〈叱る依存〉がとまらない』(村中直人/紀伊國屋書店)から、処罰欲求が暴走しない方法をまとめてましょう。
まず知っておきたいのは、処罰欲求が暴走するお決まりのパターンです。
「本来個人的な欲求である処罰感情が、『相手のため』『会社のため』にすり替わってしまう場合です。もう少しつっこんだ表現をすると、『(私が思う)正義の遂行のために、この人に罰を与えなくてはいけない』と感じる場合、処罰感情の充足に歯止めがかかりにくくなるのです」(『〈叱る依存〉がとまらない』村中直人/紀伊國屋書店)
「お前のために叱っている」といった態度で叱られて、イヤな思いをした人は多く、この説明にはうなずく人も多いでしょう。逆に自分が正義のために叱っていると感じたなら、要注意です。
叱らない自分になる3つのヒント
では、具体的にどうすれば、「叱る依存」が止められるのでしょうか?
村中氏はいくつかのヒントを示しているので紹介しましょう。
①自分が権力者だと自覚する
権力を持っているから叱れるのであり、その「あるべき姿」は権力者である自分が思い描くものでしかありません。自分が権力を使って、相手に「あるべき姿」を押し付けていることを認識することが重要なのです。
②「普通」「常識」「当たり前」を理由に叱らない
叱る行為は自分の理想なので、「普通はできる」とか「常識で考えろ」と逃げないようにしましょう。自分が考えるあるべき姿を、自分を主語として語ることで、叱る形もかなり変わってきます。互いが考えるあるべき姿を話し合えれば、叱り必要もなくなります。
③予測をして問題が起きないようにする
叱りたくなってしまうシチュエーションを予測し、問題が起きないように対応してみましょう。先にトラブルを予見し処理することができれば、相手を叱る必要もなくなります。
「叱る」という行動が、自分の要求を満たすためのものだという指摘に驚く人も多いかもしれません。叱ることで、自分の「正義」を振りかざしていないのかを考えてみるの必要かもしれません。
人の心のしくみについて興味のある方は、こちらもご覧ください。
監修:一般社団法人 日本産業カウンセラー協会
参考: 『〈叱る依存〉がとまらない』(村中直人/紀伊國屋書店)/「Punishment Doesn’t Work」(Michael Karson Ph.D., J.D./Psychology Today)