友人の成功が羨ましかったり、嬉しかったりするのは、なぜ? じつは同じ理屈で説明できるのです!

親しい友人が大きな成果を挙げると、嬉しくなったり、羨ましくなったりすることはありませんか?同じような成果でもまったく違った感情がわき起こる秘密を心理学的に解説します。

  1. 成功した友人に陰口を叩いてしまうことも
  2. 他人の栄光を一緒に受けて自尊心を高める
  3. 他人の栄光を一緒に受けて自尊心を高める
  4. 友人をけなしたくなったら成長のチャンス!?
  5. 能力が同じだと感じる人を友にする

成功した友人に陰口を叩いてしまうことも

社内でちょっとした賞を取って表彰されたようなとき、自分のことのように喜ぶ人もいれば、嫉妬なのか「たいした成果でもないのに上司にゴマすって表彰されたんだろ!」と陰口を叩くような人がいたりしませんか?

まったく正反対の行動ですが、じつは同じ心理学の論理で説明できるものです。それは心理学者のテッサーが、「自己評価維持方略」と名付け理論化したものです。

他人の栄光を一緒に受けて自尊心を高める

テッサーが疑問に感じたのは、児童が友達の行動を実際以上に高く評価して大騒ぎしたと思えば、ときに同じ友人の行動を実際より低く評価したりすることでした。

そこでテッサーは、ナッシュビルとテネシーの4つの小学校の5・6年生、計270名を観察することで、その謎を探ったのです。テッサーはいくつもの実験・観察を行っていますが、わかりやすいのが数学の成績評価と学力テストの成績を、生徒本人と親友、疎遠な級友で比べたものです。

結果、自分のアイデンティティーと競合するような項目では、生徒本人の成績評価が高く、逆にあまり競合しない項目では親友の成績評価が高いという予測がおおむね合っていることがわかったのです。

もう少しわかりやすい具体例で説明しましょう。

例えば、同郷の知人が世界的な有名な賞を受賞したとしましょう。そのとき多くの人が、自分とは直接関係ないのに自分の事のように嬉しく感じ、ときに他の友人に自慢してしまったりします。

また親しい友人でも、自分とまったく関係ない分野の資格試験に合格したときなども嬉しく感じるのです。

これは「栄光浴」と呼ばれる行動です。自分と関連する人の栄光を一緒に浴びるように行動することで、自分の自尊心を高めるのです。考えてみれば、同郷の知人がノーベル賞を受賞しようが、自分の人生にはまったく関係がないのですが、同郷という「チーム」で括れば一緒に喜べるというわけです。

実力の差ではないと思いたい

さて、問題は自分の競合する分野で友人が成功してしまった場合です。例えば、同じ部で営業成績を競っていた仲の同期が、大きな案件をものにした場合です。悔しいし、自分が負けたという屈辱感は自尊心を大きく傷つけます。

そんなとき自分と友人の差が実力ではないという理由を必死で探してしまうのです。結果、「上司へのゴマすり」「運が良かっただけ」「要領がいいだけ」といった難癖や悪口に繋がってしまうのです。

大人になれば、こうした行動を少しはおさえようとします。しかし小学生は感情を直接的に表現するため、テッサーが感じたような不安定な友人評価が目に付くのです。

友人をけなしたくなったら成長のチャンス!?

自尊心を守るために、無意識に「栄光浴」を浴びようとしたり、難癖を付けてしまうのは、社会人としてプラスになることばかりではありません。さして親しくもないのに、成功した途端に友人面をしたり、あるいは悔し紛れの悪口三昧など、自身の評価を下げる要因になるからです。

自分がこうした行動を取りそうになったときは、まず褒めたくなったり、けなしたくなったりした相手と自分との関係を考えてみましょう。特にけなしたくなった相手の場合は、自分とどんな部分が競合しているのかを認識すれば、けなしたくなる衝動が少し収まるかもしれません。

また、自尊心を保つために相手を下げるのではなく、評価ポイントを細分化して友人より勝っている部分を認識するのも1つの方法でしょう。その上で自分に足りない部分は努力すれば、自分の実力がよりアップすることでしょう。

世界のトップアスリートでも、ジュニア時代にはどうしても勝てないライバルがいたりするものです。そこで「才能の違いだ」とあきらめず、自分に足りない部分を磨いた者だけが勝者となっていくのです。自分が負けて悔しいと感じるから悪口も言いたくなる。そう考えれば、こうした心理は自分を磨くチャンスともいえそうです。

能力が同じだと感じる人を友にする

テッサーはこの研究を通して、そもそも友人の選び方も自尊心との関係性が見られると結論づけています。

いくら自分と競合する分野で負けたくないと感じたとしても、まったくレベル違いの友人を選択しても、自分の自尊心は満たされません。結果、全体的な能力レベルが同程度で、本人と競合する分野に興味を持つ者を友人として選択するとよいのだそうです。

たしかにスポーツの得意な子どもが、運動が苦手な子どもと遊んでいても自尊心が満たされそうにもありません。同じようにスポーツができ、同様のスポーツに多少は興味を持つ者同士が仲良くなりやすいというのも納得できる話です。

つまり同じようなレベルの者同士で競争しあう構図は、友人関係が生まれやすいといえそうです。そのときの自尊心の葛藤を、どのように昇華していくかによって、人生は大きく変わっていくものかもしれないですね。

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