ヘビの画像に思わずクリックしてしまったという方。その「反応」は人として自然なのかもしれません。クモやヘビを苦手とする人は少なくありませんが、その感情は人間に遺伝的に備わっているものらしいのです。
今日は、そんな恐怖の正体を、心理学の視点から説明します。
- 毒グモが少ないヨーロッパでもクモを怖がる不思議
- 鳥やコアラよりも素早く発見!
- クモとヘビなら恐ろしいのはどっち?
- クモやヘビと同じように嫌われるのが怒った顔
毒グモが少ないヨーロッパでもクモを怖がる不思議
クモやヘビを怖がる人は多いでしょう。確かに気味悪いですし、フォルムもちょっと受け付けない感じではあります。毒を持った種類もいますし……。
そんな風に考えることもできますが、心理学の世界では、どうしてヘビとクモがこんなに嫌われるのかが、大きな問題となってきました。毒グモの少ないヨーロッパでも、パニックを起こすほど、ヘビやクモを怖がる人がいるのは不思議だというわけです。
そんな疑問に立ち上がったグループの一つが、ドイツのマックスプランク認知脳科学研究所とスウェーデンのウプサラ大学の合同チームでした。この恐怖が遺伝的なものか、学習や文化によるものかを調べるため、生後6日月の赤ちゃんにクモやヘビ、花、魚などの画像を次々に提示。画像を見つめる時間や瞳孔の開きぐらいを観察したのです。
するとクモやヘビの画像では瞳孔が開き、注目する時間も長かったことがわかりました。魚も花もクモやヘビと同じように見たことがないのに、クモやヘビだけストレスを受けた証拠となる瞳孔が開くといった状態になったことは、学習ではなく、人間は生まれたときからヘビやクモに恐怖を抱いていると確認されたのです。
鳥やコアラよりも素早く発見!
クモとヘビの恐怖については、日本人の研究者も面白い論文をいくつも発表しています。名古屋大学の川合伸幸氏と名古屋学院大学の柴崎全弘氏は、いかに速くヘビやクモを気づけるのか実験しました。
ただ、その研究方法は、クモやヘビ嫌いにはゲンナリするようなものでした。
実験参加者は4枚または9枚並べられた画像を目にします。その画像グループはすべて同じ種類が写っているパターンと1枚だけ違う種類を入れたものを用意しました。
具体的には、全部の写真がクモかヘビかコアラか鳥。あるいは3枚か8枚がコアラや鳥で、1枚がクモかヘビ。あるいはヘビかクモが3枚か8枚でコアラや鳥が1枚。
8枚のクモ写真が並んでいるだけで卒倒しそうですが、二人の研究者が注目したのはクモやヘビを発見するスピードでした。実験参加者はクモやヘビに囲まれたコアラや鳥より、コアラや鳥に囲まれたクモやヘビを早く発見することがわかったのです。
この状況を自然界に置き換えてみるとわかりやすいでしょう。
草や木の陰に隠れて近づくヘビやクモの発見は、茂みのコアラや鳥の発見より素早いということなのです。そもそもヘビだらけの場所なんか、よほどのヘビ好きでもない限り近寄らないでしょう。つまり、どれだけヘビやクモを警戒していたのかがわかる実験なのです。
クモとヘビなら恐ろしいのはどっち?
この二人の日本人の研究者は、クモとヘビ、どちらを速く発見できるのかという実験もしています。結果はヘビの方が速かったとのこと。
この理由について、『意識的な行動の無意識的な理由』(越智啓太 編 創元社)は次のように解説しています。
「私たちがヘビとクモに感じる恐怖の起源が異なっており、ヘビに対する恐れは、かまれることに対する恐怖が根底にあるのに対し、クモに対する恐れは、汚れや病原体を媒介する恐怖が根底にある。(中略)クモに対する恐怖は、ヘビに対する恐怖よりも進化的に後年に獲得されたと考えられている」
あくまでも仮説の一つですが、このように考えれば遺伝的にヘビやクモに恐怖を感じてしまう理由が説明できます。
さらに、名古屋大学の川合伸幸氏は、こうした恐怖がサルにもあるのかを実験によって確かめました。もともとヘビを見たことがない、人に飼育されて育ったサルはヘビに反応しにくいとは言われているそうですが、実験によって極度にヘビを恐れるサルがいることも実験によって確認されました。ヘビを見たこともないのに、ヘビに驚いて以来、その実験箱でエサを食べなくなったサルもいたというのですから、その恐怖はかなりのものでしょう。
クモやヘビと同じように嫌われるのが怒った顔
さて、ヘビやクモが人間にとって、恐怖の対象であると長々と説明してきたわけですが、瞬時にクモやヘビに反応するのは、生理的な理由があるとも言われています。見た瞬間に、感情を作り出す脳の部位「扁桃体」にダイレクトに情報が伝わるシステムが活用されているのです。
このシステムでいち早く人間が見つけるのは、ヘビやクモだけではありません。じつは「怒り顔」にも同様の経路で、素早く反応するようになっているのです。
また面白いことに、「怒り顔」についてはサルも素早く認識することがわかっています。
この生理的な機能は、脅威を与える対象に素早く対処するために生まれたものと考えられています。つまり同じサルの「怒り顔」は、木の上で暮らしていたサルにとって数少ない天敵の一つであるヘビと同じくらい脅威をもたらすものだったというわけです。
チンパンジーなどでは縄張り争いで殺し合いに発展することも知られており、確かに怒りの表情は生命に直結する危険だったのかもしれません。
つまり怒った顔が怖いのは、もう遺伝的レベルの問題。怒った顔ばかり見せている人は、ヘビやクモ並みに嫌われてしまうかも!
周りを恐怖に陥れないためにも、にこやかな顔で過ごしたいものです。
参考:『意識的な行動の無意識的な理由』(越智啓太 編 創元社)