今後、外出する機会が増えるからこそ、社会的距離への注意は重要になってくるかもしれません。そこで2メートルという距離が心理的にどんな影響を与えるのかを調べてみました。
社会的距離の根拠は唾の飛距離
新型コロナウイルス対策の一つ「社会的距離」の根拠となっているのが、咳や会話などによって飛散する唾やしぶきの飛距離です。だいたい1~2メートル先で落下するとのこと。
この2メートルという距離が心理的にどんな影響を及ぼすのかは、あまり報じられていません。しかし対人距離はさまざまな要因で変わるので、距離自体がメッセージとなってしまう可能性があります。例えば、いつもより恋人が離れて歩いていたら、「機嫌が悪いのかな」と自然に考えてしまうことがあるでしょう。
そこで2メートルという対人距離が、どんなシチュエーションで使われ、どんな意味を持つ可能性があるのかを調べました。
まず対人の距離は、関係性はもちろん性差や国によっても異なります。
42ヵ国、9000人を対象とした研究(「Preferred Interpersonal Distances: A Global Comparison」〈『Journal of Cross-Cultural Psychology』〉)によれば、ルーマニア、ハンガリー、サウジアラビア、トルコ、ウガンダは120センチ以上の距離を取りたがり、アルゼンチン、ペルー、ブルガリア、ウクライナ、オーストリアでは90センチまで近づいても気にしないことがわかっています。
会話でベストな距離は1.5メートル
では、日本人は、どれぐらいの対人距離を取ろうとするのでしょうか?
橋本都子氏らの研究によれば、1.5メートルが「相手から離れたい」と感じる人数が半分以下になる距離であり、2メートル付近を境に離れたいと感じる人の減少の割合が小さくなるとのこと。
つまり2メートルは、自分のパーソナルスペースへの侵入を多くの人が感じなくなる距離なのです。パーソナルスペースの確保は自分を守るという本能的な意識が関係しているといわれており、2メートルという距離感は心理的に安心できる距離といえそうです。
またこの研究では、会話をする距離についても調べており、次のように結論付けています。
会話に「ちょううどいい」と感じる対人距離は、前方向125~250センチ、後ろ方向は125~175センチ、右・左方向は100~200センチの範囲であり、すべての方向において対人距離150センチで最も人数が多くなる。
2メートル離れての会話は、「ちょっと遠いかな」と多くの人が感じるかもしれない距離です。それだけに会話に夢中になると、無意識に互いの距離を詰めてしまうかもしれません。近寄り過ぎない注意が必要でしょう。
暴力には2メートルでも足りない
逆に、対人距離が2メートルでは足りないという実験結果もあります。
米国ニューヨーク州精神医学研究所のアウグストゥス・キンゼル氏は、囚人を殺人や強盗で捕まった「暴力的グループ」と、詐欺など捕まった「非暴力的グループ」に分けてパーソナルスペースを調べました。
その結果は次の通りです。
暴力的でもないグループは、だいたい60センチの距離まで近づかなければそんなに気にならないのですが、暴力的なグループは、3メートル近く離れていても、「近づき過ぎ」と感じることがわかったのです。(『世界さん先端の研究が教えるすごい心理学』〈内藤誼人/総合法令出版〉)
つまり不良やチンピラなどに代表される「暴力的な」人たちは、社会的な距離があっても不愉快な気持ちになっている可能性があるというわけです。逆に言えば、暴力的な人は新型コロナウイルスが流行する前から、争いを避けたいときは社会的距離の1.5倍以上の距離を取っていた可能性もあるのです。
コミュニケーション能力でも距離が変わる
コミュニケーション能力と対人距離を調べた研究もあります。
コミュニケーション能力の低い人は、親しい同性・異性に対してはコミュニケ―ション能力の高い人同じような距離を取れるのに、知らない同性・異性だとコミュニケ―ション能力の高い人より90センチ近く距離を多く取るそうです。
また人格特性としての「シャイネス」が特定の状況だけに表れる傾向が強い人についても、齋藤ひとみ氏は次のように書いています。
内向的で人と打ち解けるのが苦手な人は、知らない人に対して前方向も後ろ方向も距離を取りたがることが分かった。(「コミュニケーション能力とパーソナルスペースの関連性」〈齋藤ひとみ〉)
そして面白いことに、コミュニケーション能力が低い人も、内向的な人も、知らない異性・同性には2メートルほどの距離を取ることがわかったのです。
「社会的距離」は、コミュニケ―ション能力が低かったり、内向的な人の距離と同じなので、相手にもコミュニケーションが苦手で消極的な印象を与える可能性があるかもしれません。
対人距離は地位などによっても、変わっていきます。どうしてさまざまな要因で距離が変わるのかについては諸説あるのですが、その一つを齋藤ひとみ氏は次のように説明してます。
「自己を庇護る空間」とは、パーソナルスペースで身体を傷つける恐れから自己を守り、自尊心を庇護するための空間とする考え方である。この定義では、知覚された恐れが大きいほど、パーソナルスペースは大きくなるとされる。(「コミュニ―ション能力とパーソナルスペースの関連性」齋藤ひとみ)
つまりウイルスから身を守る距離は、暴力的な人たちから身を守るには近すぎるものの、「相手から離れたい」と大半が感じなくなる距離や、コミュニケ―ション能力が低く、内気な人が安心できる距離とも一致するのです。
社会的距離の維持がいつまで続ける必要があるのかわかりませんが、心理的には意外に安心できる距離なのかもしれないと感じたのでした。
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